水銀関連遺産:アルマデンとイドリア

Heritage of Mercury. Almadén and Idrija

  • スペイン/スロベニア
  • 登録年:2012年
  • 登録基準:文化遺産(ii)(iv)
  • 資産面積:104.1ha
世界遺産「水銀関連遺産:アルマデンとイドリア」、アルマデンの水銀鉱山施設
世界遺産「水銀関連遺産:アルマデンとイドリア」、アルマデンの水銀鉱山施設 (C) LBM1948
世界遺産「水銀関連遺産:アルマデンとイドリア」、イドリアの水銀鉱山施設
世界遺産「水銀関連遺産:アルマデンとイドリア」、イドリアの水銀鉱山施設 (C) Stephen Colebourne
世界遺産「水銀関連遺産:アルマデンとイドリア」、イドリアのゲヴェルクニク城
世界遺産「水銀関連遺産:アルマデンとイドリア」、イドリアのゲヴェルクニク城 (C) Jani Peternelj
世界遺産「水銀関連遺産:アルマデンとイドリア」、イドリアの竪坑
世界遺産「水銀関連遺産:アルマデンとイドリア」、イドリアの竪坑

■世界遺産概要

室温で液体の状態を保つ珍しい金属・水銀。水銀鉱山はヨーロッパでも数えるほどしかなかったが、スペイン中南部のアルマデンは古代から有数の水銀鉱山として知られていた。15世紀の大航海時代、水銀を利用して金や銀を抽出するアマルガム法が普及するとアメリカ大陸の鉱山開発において水銀の需要が急増し、アルマデンと1490年に水銀鉱山が発見されたスロベニアのイドリアは世界の2大水銀鉱山となり、周囲に鉱山城下町が形成された。

なお、本遺産は2009年にスペイン、スロベニア、メキシコの3か国で「水銀と銀の遺産:アルマデン、イドリア、サン・ルイス・ポトシ "Mercury and Silver Binomial: Almadén, Idrija and San Luis Potosí "」、2010年に名称をわずかに変えて "Mercury and Silver Binomial. Almadén and Idrija with San Luis Potosí" として世界遺産委員会で審議されたが、サン・ルイス・ポトシの位置付けを再考する必要があるなどとして登録には至らなかった。サン・ルイス・ポトシは水銀に的を絞った2011年の推薦からは外されたが、2010年に銀関係の産業遺産をまとめたメキシコの「ティエラ・アデントロの王の道(カミノ・レアル)」の構成資産のひとつとして世界遺産リストに登録された。

○資産の歴史

水銀は古代からギリシアやローマなどで顔料や宝石・薬の製造や成分として使用されていた。水銀は一般的に硫化水銀を含む辰砂(しんしゃ)という鉱石として産出されるが、非常に珍しいもので5つ前後の辰砂鉱山しか知られていなかった。アルマデンは辰砂の世界最大の鉱山で、ローマ時代には顔料の原料として採掘され、8世紀にイベリア半島がイスラム教勢力に支配されると医学や錬金術の用途などでも使用された。一方、1490年にイドリアで世界第2位となる辰砂鉱床が発見され、ヴェネツィア共和国によって開発が進められた。

水銀の需要が急増するのは中央アメリカや南アメリカで巨大な銀山が発見され、また水銀を利用して金や銀を抽出するアマルガム法が普及する16世紀からだ。それまでの灰吹法では金や銀を鉛に溶け込ませて抽出していたが、鉛を溶かす必要から炉や薪など加熱するための設備と燃料が必要となった。これに対して水銀に溶かし込ませるアマルガム法では水銀が最初から液体であるため加熱の必要がなく、その後、水銀を蒸発させる際の温度も350度程度と低くすんだ。手軽で安価ということでアマルガム法は瞬く間に普及し、抽出効率は飛躍的に高まった。

スペインは16世紀以降、世界最大の銀山であるペルー副王領のセロ・リコ銀山(世界遺産)やプラカヨ銀山、ヌエバ・エスパーニャ副王領のバレンシア銀山(世界遺産)やサカテカス銀山(世界遺産)といった銀山を次々と開拓し、最盛期には世界の9割ともいわれる銀を産出した。水銀の需要は急増し、南アメリカではペルーで辰砂を産出するワンカベリカ鉱山が発見されたが、中央アメリカではほぼすべてをヨーロッパ、特にアルマデンとイドリアからの輸入に頼っていた。1559年にスペイン王室は水銀関連事業を独占し、1575年にはスロベニアのイドリアをも支配下に収めた。その間も金銀抽出技術は向上し、1646年にはアロンソ・ブスタマンテが革新的な炉を発明し、ドイツ炉に代わってアマルガム法の標準的な炉となった。

水銀は毒性の高い金属で、イドリアでは16世紀にすでに水銀が病気の原因となっている可能性が指摘され、17~18世紀には水銀への露出をなるべく減らす措置やさまざまな治療法が試された。アルマデンでは16~19世紀はじめまで採掘に囚人や奴隷を投入して強制労働を行っていたが、最奥部で仕事に当たる強制労働者や蒸発の現場の担当者の発病率は明らかに高かったという。19世紀にアメリカのカリフォルニアで水銀鉱山が発見され、またアマルガム法に代わる抽出法が普及すると水銀の需要は急減した。アルマデンとイドリアにおける採掘は下火になったが、水銀汚染と人体の影響に関する研究は進められた。

そしてイドリアでは1993〜94年、アルマデンでは2002〜04年をもって水銀の採掘が終了した。アルマデンは2,000年に及ぶ操業期間で世界の水銀の約1/3、イドリアは500年で1/8程度を産出したと推定されている。

○資産の内容

アルマデンの構成資産は5件で、アルマデン旧市街、カスティーリョ鉱山の建造物群、王立強制労働刑務所、サン・ラファエル王立鉱夫病院、闘牛場となっている。鉱山としてはポソ、コントラミナ、カスティーリョといった鉱山があり、それぞれに坑道や各種トンネル(強制労働者専用トンネル、輸送トンネルなど)が口を開けている。関連の施設・設備には巻上機やポンプ、炉、貯鉱槽などがある。旧市街の中心はレタマール城で、周辺にサン・ミゲル教会、サン・セバスティアン・エル・ヌエヴォ教会、鉱山アカデミー、鉱山長邸跡、カルロス門とカルロス4世門などがある。鉱山アカデミーはスペイン王カルロス3世が1777年に創設した学校で、鉱山開発や精錬のための技術を学んだ。サン・ラファエル王立鉱夫病院は繰り返される疫病の流行と高い死亡率を抑えるために1773年に建設された。闘牛場は1765年頃の建設で、スペインで3番目に古く、六角形の珍しいデザインをしている。

イドリアの構成資産は7件で、イドリア旧市街、イドリア:精錬施設、イドリア:ラカ運河とコビラ・ダムのあるカムスト・ウオーター・ポンプ、ゴレニア・カノミラ:カノミラまたはオヴヤク堰、ヴォイスコ:イドリツァ堰、イドリスカ・ベラ:ベルカ川のプートリッヒ堰、イドリスカ・ベラ:ベルカ川のベルカ堰(ブル堰)となっている。イドリアの鉱山は総計で約700km・最深部で地下420mに及ぶ坑道が張り巡らされており、巻上機やポンプ、炉、貯鉱槽といった設備に加えて堰や運河・水路といった水利システムがよく残されている。旧市街の主要な建物としては、16世紀に建設されたルネサンス様式のゲヴェルクニク城や、18世紀に建設されたバロック様式の鉱物取引所や鉱山劇場、19世紀に建設された新古典主義様式の市庁舎などが挙げられる。

■構成資産

○アルマデン旧市街(スペイン)

○カスティーリョ鉱山の建造物群(スペイン)

○王立強制労働刑務所(スペイン)

○サン・ラファエル王立鉱夫病院(スペイン)

○闘牛場(スペイン)

○イドリア旧市街(スロベニア)

○イドリア:精錬施設(スロベニア)

○イドリア:ラカ運河とコビラ・ダムのあるカムスト・ウオーター・ポンプ(スロベニア)

○ゴレニア・カノミラ:カノミラまたはオヴヤク堰(スロベニア)

○ヴォイスコ:イドリツァ堰(スロベニア)

○イドリスカ・ベラ:ベルカ川のプートリッヒ堰(スロベニア)

○イドリスカ・ベラ:ベルカ川のベルカ堰(ブル堰)(スロベニア)

■顕著な普遍的価値

本遺産は登録基準(v)「伝統集落や環境利用の顕著な例」でも推薦されており、強制労働や水銀による環境汚染や病気、それらに対する科学的・技術的対策といった側面を主張した。これに対しICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)は、多くは登録基準(iv)で語られており、水銀汚染である点以外は他の鉱山と際立った違いは証明されていないとして価値を認めなかった。

○登録基準(ii)=重要な文化交流の跡

世界的に水銀の抽出は非常に限られた鉱山でのみ行われていたが、中でも最大の水銀鉱山がアルマデンとイドリアだった。ヨーロッパのルネサンス期から国際的な取引が行われるようになり、特にアメリカ大陸で金銀鉱山が開発されると一気に戦略的重要性を増した。水銀を中心とした交流は経済的・財政的にきわめて重要であり、技術的発展と結び付いていた。

○登録基準(iv)=人類史的に重要な建造物や景観

アルマデンとイドリアの鉱山跡は特に近代および現代における水銀の集中的な抽出に関する最重要の遺産群を構成している。このふたつの産業遺産はきわめて独創的であり、鉱業と金属生産業における社会的・技術的システムのさまざまな産業・地域・都市および社会の要素を例示している。

■完全性

isアルマデンとイドリアの鉱山跡は水銀の抽出に関するすべての技術的・文化的・社会的側面を十分に説明し、補完的な要素とともに統一的な全体像を形成している。構成要素は遺産を理解するうえで十分であり、生産量・生産期間・提示された証拠の完全性といった点でもっとも重要な遺跡群である。こうした意味で、構成資産の完全性は満たされている。

■真正性

アルマデンとイドリアの地下と地表の双方の採掘インフラ、採掘に関連した技術的な施設・設備、水利システムや木材を供給する森、各種の炉、輸送・貯蔵施設、鉱山町や関連のモニュメント、住宅や病院など鉱山労働者ための施設などはいずれも本物で、真正性は高いレベルで保持されている。

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