コーンウォールとウェストデヴォンの鉱山風景

Cornwall and West Devon Mining Landscape

  • イギリス
  • 登録年:2006年
  • 登録基準:文化遺産(ii)(iii)(iv)
  • 資産面積:19,719ha
世界遺産「コーンウォールとウェストデヴォンの鉱山風景」、レヴァント鉱山
世界遺産「コーンウォールとウェストデヴォンの鉱山風景」、レヴァント鉱山。中央右の屋根のない建物がエンジン・ハウス (C) Tom Corser
世界遺産「コーンウォールとウェストデヴォンの鉱山風景」、ヘイル港とヘイル高架橋
世界遺産「コーンウォールとウェストデヴォンの鉱山風景」、ヘイル港とヘイル高架橋 (C) John Bennett

■世界遺産概要

イングランド南西部、コーンウォール州とデヴォン州に点在する18~19世紀の銅・錫(すず)・ヒ素の採掘に関する鉱山や鉱山町・施設設備を中心とした産業遺産で、海を臨む丘に畑や牧草地が広がる牧歌的な文化的景観でもある。最盛期は世界の銅の2/3、ヒ素の1/2を産出してイギリスの産業革命を支えた。

○資産の歴史

コーンウォールとウェストデヴォンでは3,500年以上前から錫を中心とする鉱物資源の採掘が行われてきた。18世紀まで錫はもっとも重要な金属で、ローマ人はヨーロッパ各地にこの地の錫を供給した。16世紀までに地表付近の錫は枯渇して露天掘りによる採掘は終了。地下から採掘する必要があったが、穴を掘って地下水の排出する作業は困難で、ウマを利用して行われたが、なかなか採算は取れなかった。

掘削と排水に革命を起こしたのは火薬と蒸気機関だった。デヴォン州出身のトーマス・ニューコメンはボイラーで湯を湧かし、シリンダー内で膨れ上がった水蒸気を冷やすことで収縮させるという膨張・収縮の動きを上下運動に転換する大気圧エンジン(ニューコメン・エンジン)を開発。1710~14年にグレート・ウィール・ヴォルで採用・実証された。初期のエンジンは高価で稼働率が低かったが、1778年にマシュー・ボールトンとジェームズ・ワットがより効率的な蒸気エンジンを開発すると、1790年までに45台が導入された。この時代の蒸気エンジンは蒸気の力を伝えるヤジロベーのような梁=ビームを持っていたので「ビーム・エンジン」と呼ばれ、煙突を持つ高層のエンジン・ハウスに収められた。工場主たちはこの地でエンジンの改良を続け、これらは「コーンウォール・エンジン」と呼ばれた。さらに、地元カムボーン出身のリチャード・トレヴィシックが圧力を高めた高圧蒸気エンジンを開発。このエンジンは強力だっただけでなく、蒸気の力を円運動に転換したためビームを必要とせず、大幅に小型化された。圧倒的な性能を持つ高圧蒸気エンジンが1800年に生産されると、蒸気エンジンの導入はさらに加速した。

蒸気エンジンは銅や錫、ヒ素の生産を増大させ、一説では19世紀、一帯は世界の銅の2/3、ヒ素の1/2を生産したという。また、生産量の増大は世界最大の銅山となったコーニッシュ鉱山の麓に建設された製鉄所や鋳造工場に見られるように、エンジンや部品の製造といった新産業の発展をもたらした。これにより産出した銅と錫を合わせて青銅、銅と亜鉛を合わせて真鍮(しんちゅう)を作り、エンジンや缶・船体部品などに加工するという生産システムが確立された。これらに伴ってインフラについても鉄道を敷いて電車を走らせ、産業用の港や運河網が整備された。

鉱山所有者や起業家らは鉱山や工場の周辺に大きな邸宅を建て、庭を作って景観を整備した。彼らは従業員のために住宅街を建設し、教会や学校・図書館・種々の公共施設を建てていくつもの産業集落が誕生した。町が拡大して集落が増えると人口を賄うために森を開墾して畑や牧草地が拡大した。こうしていまに伝わるコーンウォールやウェスト・デヴォンの海を望む牧歌的な産業景観・文化的景観が生み出された。

19世紀後半になるとチリやアメリカ、オーストラリアで銅の採掘が活発化して生産は下火になり、暴落を引き金に銅鉱山は次々と閉鎖された。錫はその後も生産を続けたが、こちらもオーストラリアやマレー半島が台頭すると生産は縮小。20世紀に入るとヒ素の生産が拡大したが、1998年にサウス・クロフティ鉱山が閉山してその役割を終えた。

○資産の内容

世界遺産の構成資産は10エリア17件となっている。

「セント・ジャスト鉱区」は沿岸部にある町で、ボタラック鉱山やレヴァント鉱山の鉱山集落として発達した。ふたつの鉱山にはコーンウォール・エンジンやヒ素の精製工場など最古級のシステムが残されている。一方、ジーヴァー鉱山は20世紀の錫鉱山で、焼却炉などが残されている。一帯の海と調和した景観は美しく、多くの作家や芸術家を魅了した。

「ヘイル港」はコーンウォールの主要港で、主に銅鉱石を輸出して石炭と木材を輸入した。岩壁や波止場、鉄道や運河といった施設が残されており、管理者や労働者向けの施設や住宅も数多く見られる。また、ハーヴェイ製鉄所などの製鉄所では世界最大規模の鉱山用蒸気エンジンが生産されていた。

「トレゴニングとグウィニア鉱区」は錫や銅の鉱山が点在するエリアで、特にウィール・ヴォア鉱山はコーンウォール随一を誇り、最盛期は1,100人の労働者が働いていた。労働者の家々だけでなく、17世紀の政治家フランシス・ゴドルフィン邸などの邸宅もよく残されている。

「トレワヴァス」は沿岸部に位置する銅鉱山を中心とした一帯で、1834~46年の短い期間に操業を行った。エンジン・ハウスは海岸沿いの断崖の上に建設され、風光明媚な景観を見せている。

「ウェンドロン鉱区」は主に農業エリアで、鉱山労働者用の農地や農村、エンジン・ハウスが残されている。

「カムボーンとレッドルース鉱区」はコーンウォールでもっとも豊かな銅・錫鉱山地帯で、カムボーンとレッドルースは鉱山集落として発達した。その豊かさは町の教会堂や図書館・学校といった施設に表れており、科学と芸術の専門学校も開設されていた。イースト・プール・アンド・エイガー鉱山、サウス・クロフティ鉱山では3基の巨大なコーンウォール・ビーム・エンジンが伝えられている。

「ウィール・ピーヴォワ」は銅・錫・黄鉄鉱の鉱山を中心としたエリアで、コーンウォールの鉱業が下火になった1872~89年に操業を行っていた。

「ポーツレス港」はカムボーンとレッドルースの主要港で、1760年に開発がはじまった。主に銅鉱石を輸出し、燃料となる石炭を輸入していた。19世紀はじめに馬車による路面電車、1838年には鉄道も開通し、町の人口は増加した。

「グウェンナップ鉱区」はヒース(荒れた低木帯や草原、あるいはそこに生える植物)が広がるエリアで、コンソリデイティッド鉱山やポルディス鉱山、ウィール・ビジー鉱山といった数々の銅や錫の鉱山があり、鉄道跡や鉱山実業家の邸宅などが点在している。

「デヴォランとペラン」のデヴォランは銅を輸出するための小さな港で、銅や錫の鉱石を輸出した。ペランは鉱山町のひとつで港があったほか、3棟の鋳造所や鍛冶屋が見られ、金属加工を行った。

「ケナル・ヴェール」は美しい森が広がるエリアで、19世紀には火薬生産で名を馳せた。ケナル川の速い流れを利用して水車を動かし、地元で採れる硝石や木炭・硫黄などの原料を加工して鉱山開発に必要な爆薬を生産した。

「セント・エンジェルス鉱区」はウィール・コーツ鉱山などの鉱山のあるエリアで、鉱山労働者の住宅群や先史時代の鉱山遺跡なども見られる。

「ラキュヤン渓谷」はジョセフ・トレファーという個人が開拓したフォーウィー・コンソールス鉱山を中心としたエリアで、パー港やパー運河を整備して鉱石を輸送した。

「チャールスタウン」は「土木工学の父」ジョン・スミートンが設計した港に隣接した町で、主に銅鉱石や陶器用の土が輸出された。テラスに築かれた邸宅と鋳造所が残されている。

「キャラドン鉱区」は1840~80年ほどの間に集中的に採掘を行った鉱山と鉱山集落で、湿原に広がっている。ウィール・ジェンキン鉱山、サウス・フェニックス鉱山、フェニックス鉱山などがあり、エンジン・ハウスをはじめとする施設やボタ山(石の捨て場)などが残されている。

「タマー・バレー鉱区」はタマー川流域の渓谷で、ヒ素の生産量においては世界でも随一を誇った。水車による精製システムや鉄道跡が残されている。

「タヴィストック」は先史時代からの歴史を持つ古都で、マゼラン隊に次ぐ世界周航を達成した大海賊フランシス・ドレークの出身地として知られる。古くから錫生産で知られていたが、18~19世紀には銅の生産で飛躍し、デヴォン・グレート・コンソールス鉱山は銅生産で世界最大規模を誇った。町には運河や鉄道が開通し、19世紀後半に人口は9,000人まで膨らんだ。3つの製鉄所跡やタヴィストック運河、ギルドホールなど多くの施設・設備が残されている。

■構成資産

○セント・ジャスト鉱区

○ヘイル港

○トレゴニングとグウィニア鉱区

○タマー・バレー鉱区

○ウェンドロン鉱区

○カムボーンとレッドルース鉱区

○グウェンナップ鉱区

○セント・エンジェルス鉱区

○ラキュヤン渓谷

○チャールスタウン

○キャラドン鉱区

○トレワヴァス

○ウィール・ピーヴォワ

○ポーツレス港

○デヴォランとペラン

○ケナル・ヴェール

○タヴィストック

■顕著な普遍的価値

○登録基準(ii)=重要な文化交流の跡

1700~1914年まで、コーンウォールとウェストデヴォンにおける先進的な鉱業の開発、特に高圧蒸気ビーム・エンジンの革新的な使用は産業社会の進化をもたらし、農地・鉄道・運河・ドック・港の建設、あるいは町や村の建設・改造を通して景観を大きく変えた。これらが共にイギリスの産業化の成長、そして結果として世界中の鉱業に多大な影響を与えた。

○登録基準(iii)=文化・文明の稀有な証拠

コーンウォールとウェストデヴォンは銅、錫、ヒ素の輸出によって世界に絶大な影響を与えた。銅や錫の採掘跡、都市や農村の景観はこうした成功をもたらした先進的な鉱業の明確でわかりやすい証拠である。

○登録基準(iv)=人類史的に重要な建造物や景観

コーンウォールとウェストデヴォンの鉱業景観、特に科学技術の象徴であるエンジン・ハウスとビーム・エンジンは、産業革命と世界の鉱業の変化に対するこの地域の多大な貢献を反映している。

■完全性

都市と農村の景観を変え地域に繁栄をもたらした鉱業に関する遺産は十分に資産に内包されており、変化の範囲も含まれている。鉱業に関する景観と都市の一部は開発エリアにあり、互換性のない開発に対して脆弱である。

■真正性

全体として資産は形状・デザイン・素材・場所・配置に関して高い真正性を保持している。鉱山やエンジン・ハウス、関連の建物等は固定されているか機能が維持されている。都市や農村では集合住宅をはじめ建物の一部が損壊しているものも見られるが、修復可能であると思われる。

ただし、歴史的な特徴を十分考慮せずに開発が許可された場合、構成資産の顕著な普遍的価値は毀損される恐れがある。ヘイル港、レッドルース、カムボーンでは特に懸念され、政策の立案やガイダンスの厳密かつ一貫した適用が求められる。

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