クラドルビ・ナド・ラベムの儀礼用馬車馬の繁殖・訓練の景観

Landscape for Breeding and Training of Ceremonial Carriage Horses at Kladruby nad Labem

  • チェコ
  • 登録年:2019年、2021年軽微な変更
  • 登録基準:文化遺産(iv)(v)
  • 資産面積:1,310ha
  • バッファー・ゾーン:3,505.5ha
世界遺産「クラドルビ・ナド・ラベムの儀礼用馬車馬の繁殖・訓練の景観」のスタッド・ファーム。中央左の尖塔は聖ヴァーツラフ・レオポルド教会
世界遺産「クラドルビ・ナド・ラベムの儀礼用馬車馬の繁殖・訓練の景観」のスタッド・ファーム。中央左の尖塔は聖ヴァーツラフ・レオポルド教会 (C) National Stud Farm at Kladruby nad Labem, s.p.o.
世界遺産「クラドルビ・ナド・ラベムの儀礼用馬車馬の繁殖・訓練の景観」のスタッド・ファームのトレーニング厩舎
世界遺産「クラドルビ・ナド・ラベムの儀礼用馬車馬の繁殖・訓練の景観」のスタッド・ファームのトレーニング厩舎 (C) Palickap
世界遺産「クラドルビ・ナド・ラベムの儀礼用馬車馬の繁殖・訓練の景観」、スラティニャニーの厩舎群
世界遺産「クラドルビ・ナド・ラベムの儀礼用馬車馬の繁殖・訓練の景観」、スラティニャニーの厩舎群。周辺の長方形は牧草地 (C) National Stud Farm at Kladruby nad Labem, s.p.o.

■世界遺産概要

クラドルビ・ナド・ラベムはチェコ中部、クトナー・ホラ(世界遺産)の北東20kmほどに位置する町で、16世紀にハプスブルク家が皇室のスタッド・ファーム(馬飼育場)を築いてから約350年、その後の国営時代を含めると約500年にわたってクラドルーバー種(オールドクラドルーバー種)の白馬や黒馬の飼育を行っている。蛇行する川や三日月湖・湿地・草原・森林といった自然環境と、幾何学的に区画された牧草地や耕作地・道路・水路・建造物が調和した見事な文化的景観が広がっている。なお、本遺産は2021年の軽微な変更でバッファー・ゾーンが拡大された。

○資産の歴史と内容

クラドルビ・ナド・ラベムはエルベ川(ラベ川)が蛇行する沖積平野(河川の堆積作用で生まれた土地)に位置し、美しい森林や草原・湿地が広がっている。13世紀にクトナー・ホラのセドレツ(世界遺産)のシトー会修道院の敷地になり、1491年以降は近郊の都市パルドゥビツェの一部となった。16世紀はじめにボヘミア王国の有力貴族ペルンシュテイン家の所領となり、馬を飼育するために厩舎や公園が整備された。1563年に神聖ローマ皇帝、ボヘミア王、ハンガリー王を兼ねるハプスブルク家のマクシミリアン2世がこの土地を入手してスタッド・ファームを設立し、1579年には息子ルドルフ2世によって皇室のスタッド・ファームとして認可された。

クラドルビ・ナド・ラベムでは17世紀後半まで主にスタイルのよいスペインの馬種を飼育していた。しかし、貴族や聖職者が乗る儀礼用の馬車(gala carrossiers)を引くことのできる美しくて強い馬が求められるようになり、盛んに研究が行われた。17世紀はじめの皇帝レオポルト2世の時代、イタリアの馬種を輸入してスペインの牝馬と交配させることで理想の馬種の開発に成功した。これが "Kladruber galacarrossiers"、いわゆるクラドルーバー種で、18世紀にはこの馬種の専用スタッド・ファームとなった。

1757年にクラドルビ・ナド・ラベムを大火が襲い、厩舎などが燃え落ちた。この頃、ハプスブルク家はコプツァニ(現・スロバキア)、リピツァ(現・スロベニア)にもスタッド・ファームを所有していたため、クラドルビ・ナド・ラベムの馬はこれらに移された。1826年にコプツァニのスタッド・ファームが閉鎖されたことでふたたびクラドルビ・ナド・ラベムが整備され、現在見られる施設・整備が整えられた。

こうした19世紀のスタッド・ファーム再編は神聖ローマ帝国と入れ替わったオーストリア帝国の高官イグナーツ・グリルとモーリッツ・ヤーンが主導し、自然環境を活かしつつ合理的・機能的なデザインを目指した。この時代には3つの厩舎群、クラドルビ・ナド・ラベム、その西にフランティシュコフ、南にヨセフォフがあったが、一直線の道を整備して互いを接続した。それぞれの厩舎群ごとに役割があり、クラドルビ・ナド・ラベムは育種や生後6か月までの子馬の飼育、フランティシュコフは6か月~3歳の若馬の飼育、ヨセフォフは各種訓練を主に担当した。また、周辺の平坦な草原を長方形に区切ってフェンスで囲んで牧草地とし、森では燃料や建材となる木々を植林しつつ一部は開拓して耕作地とし、必要な水はエルベ川からやはり直線状の水路で引き込んだ。また、道やバロック様式のマナー・ハウス(荘園領主の邸宅)、厩舎群、聖ヴァーツラフ・レオポルド教会といった建造物の周囲にはリンゴやライムといった背の高い木々を植えて牧草地の緑に濃い緑が映える景観を演出した。一方で、北西に位置するモシュニツェはキジなどの水鳥の生育地として自然を維持したまま公園として整備した。整然とした幾何学構造についてはフランス式の平面幾何学式庭園、自然を思わせる景色についてはイギリス式の風景式庭園の技術と思想を持ち込んだものといわれる。

1867年にオーストリア帝国からハンガリー王国が独立し、両国は同君連合(同じ君主を掲げる連合国)となってオーストリア=ハンガリー帝国が成立した。この二重帝国が1918年に崩壊してボヘミアではチェコスロバキア共和国が独立した。ハプスブルク家の資産のほとんどが接収される中でクラドルビ・ナド・ラベムも国の所有となり、クラドルーバー種の需要の多さから解体を免れて国営スタッド・ファームとなった。第2次世界大戦後に州の育種場となり、馬の飼育を専門とする農業訓練学校や訓練施設が建設された。また、管理業務から開放されたマナー・ハウスはハプスブルク時代の宮殿として修復された。

クラドルーバー種には白馬と黒馬がいたが、1918年以降の混乱で「黒い真珠」と呼ばれた黒馬は絶滅の危機に瀕していた。1938年に黒馬再生プロジェクトが始動し、1945年にスラティニャニーが黒馬専用のスタッド・ファームとなった。クラドルビ・ナド・ラベムの西3.5kmほどにたたずむスラティニャニーはもともとアウエルスペルグ家の宮殿で、1898年に競走馬や狩猟馬の飼育・訓練施設となっていた。また、資産外ではあるがヘルマヌフ・ムニェステツのキンスキー家の競走馬用の厩舎や訓練施設が黒馬の育種用に改装され、生産が安定する1992年まで品種再生の研究が続けられた。現在ではクラドルビ・ナド・ラベムは白馬、スラティニャニーは黒馬の飼育を担当し、それぞれ250頭ほどを育てている。ここで育った馬はデンマークやスウェーデンの王室やチェコの大統領府をはじめ世界各地の貴族や元首の馬車馬として活躍している。また、一帯の美しい文化的景観はクラドルビ・ナド・ラベム景観保護区として保護されている。

■構成資産

○クラドルビ・ナド・ラベムの儀礼用馬車馬の繁殖・訓練の景観

■顕著な普遍的価値

本遺産はフランス式の平面幾何学式庭園やイギリス式の風景式庭園の影響を受けているという点で登録基準(ii)「重要な文化交流の跡」でも推薦されていたが、ICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)は十分な証明がなされていないとしてその価値を認めなかった。

○登録基準(iv)=人類史的に重要な建造物や景観

全体的な設計は造園家アンドレ・ル・ノートルによって確立されたフランス古典主義の平面幾何学式庭園(フランス式庭園)の設計原則を適用したものであり、対称を重視したマハー・ハウスや厩舎、直線状の道や水路、長方形の牧草地などがデザインされた。一方、モシュニツェ公園などには自然の造形を活かしたイギリスのロマン主義的な風景式庭園(イギリス式庭園)の影響が確認でき、両者の融合が見られる。

こうした景観はハプスブルク家が中心となって何世紀にもわたって儀礼用馬種の育種・飼育・訓練という一貫した目的に基づいて形成されたもので、ヨーロッパで最重要の育種施設と景観であり、いまなお活動を続ける稀有なスタッド・ファームである。

○登録基準(v)=伝統集落や環境利用の顕著な例

一帯は気候・地形・植生・水系といった自然の特性を活かしながら数世紀にわたってクラドルーバー種の繁殖・訓練に特化した開発を行った結果としての景観であり、環境と人間の相互作用のきわめてすぐれた例である。平坦な草地を利用した長方形の牧草地や整然とした道路・水路ネットワークといったフランス式庭園を思わせる幾何学構造、その中で景観を引き締めるスタッド・ファームと周辺の建造物群、それらの周囲に展開する湾曲した川や三日月湖・森林といった自然の造形の三者が調和して見事な文化的景観を奏でている。

■完全性

資産には顕著な普遍的価値を示すすべての重要な物理的特徴が含まれており、それぞれの特徴間の関係も明白で十分に維持されている。資産の範囲はハプスブルク帝国時代のスタッド・ファームに対応しており、マナー・ハウスや教会堂・研究所といった建造物、牧草地や干し草用の草地、穀物飼料のための耕作地、建設・燃料用の木材を供給する森林、給水用の水路ネットワーク、馬のための道や厩舎・訓練施設といった要素を網羅している。一部に道の欠落や開発された森林、温室の導入、幹線道路のアスファルト化、送電線の配置やバッファー・ゾーンにおける発電所の建設といった負の影響も見られるが、おおむね景観は維持されており、送電線などについては対応が検討されている。ただ、資産の南側について資産とバッファー・ゾーンが接近しており、川の南側へのバッファー・ゾーンの拡張が検討される必要がある。

■真正性

スタッド・ファームでは現在もクラドルーバー種の飼育と訓練が行われており、機能的な真正性が保たれている。馬の飼育は伝統的な方法を引き継いでおり、したがって牧草地や耕作地・水路・厩舎・訓練施設なども本来の形で使用・保全されている。それぞれの建築物・構築物は真正性を保持しており、修復も慎重な調査・研究に基づいて適切に行われている。並木や果樹の種類、牧草地や耕作地の栽培種などについても基本的には同一種が栽培されており、種を変える場合は近縁種を選んで景観に与える影響を最小限に留めている。総合的にクラドルビ・ナド・ラベムの文化的景観は有形・無形の特徴を通じて人間・馬・環境の継続的な相互作用を明確に示しており、真正性は高いレベルで維持されている。

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