タヌムの線刻画群

Rock Carvings in Tanum

  • スウェーデン
  • 登録年:1994年
  • 登録基準:文化遺産(i)(iii)(iv)
  • 資産面積:4,137.609ha
世界遺産「タヌムの線刻画群」、アスペベルゲッツのペトログリフ
世界遺産「タヌムの線刻画群」、アスペベルゲッツのペトログリフ
世界遺産「タヌムの線刻画群」、アスペベルゲッツのペトログリフ、儀式を行う3人の男性
世界遺産「タヌムの線刻画群」、アスペベルゲッツのペトログリフ、儀式を行う3人の男性
世界遺産「タヌムの線刻画群」、ヴィトリッケのペトログリフ
世界遺産「タヌムの線刻画群」、ヴィトリッケのペトログリフ
世界遺産「タヌムの線刻画群」、ヴィトリッケの復元住居
世界遺産「タヌムの線刻画群」、ヴィトリッケの復元住居 (C) Harri Blomberg

■世界遺産概要

スウェーデン南西部ブーヒュースレーン地方のタヌムスヘーデ周辺に残るペトログリフ(線刻・石彫)を中心とした遺跡群を登録した世界遺産。ブーヒュースレーン地方にはペトログリフが描かれた数多くの岩場が見つかっているが、タヌムスヘーデ周辺は特に密度が高く、アスペベルゲッツやヴィトリッケ、フォッスムといった著名な遺跡を筆頭に600を超える遺跡に数千のペトログリフが発見されている。

○資産の歴史と内容

7万~1万年前、最終氷期が終わると多くの氷河が溶けて陸地が露わになると同時に海水面が上昇した。氷河によってタヌムスヘーデ周辺の花崗岩層は滑らかに削られ、岩盤がむき出しになって現れた。紀元前9000~前4000年の中石器時代に人間が進出し、新石器時代の紀元前3800年頃には農業を開始して定住を行った。ブーヒュースレーン地方にはこの時代の数多くの羨道墳(せんどうふん。玄室への通路=羨道を持つ墳丘墓)が発掘されており、紀元前2400年頃には箱式石棺に移行した。

紀元前1800年頃、海水面は現在より15mほど高くにあり、この時代に青銅器時代に入った。ペトログリフの制作がはじまるのはこの時代で、人々は石のハンマーと尖頭器(先の尖った石器)を使って1~数mmほど、時には30~40mmほども彫り込んで絵や記号を描いた。深いものほど単純かつ抽象的で、象徴的な重要性があったと考えられている。こうしたペトログリフは海岸近くの滑らかな花崗岩のキャンパス上に描かれたが、ブーヒュースレーン地方にはこのようなキャンパスが少なくとも1,500か所発見されており、ペトログリフの総計は40,000点を超える。このうちタヌムスヘーデ周辺にはアスペベルゲッツ、ヴィトリッケ、フォッスム、リッスレビー、カレビー、ヴァルロスなど360か所が集中しており、密度はどこよりも高い。バリエーションもきわめて豊富で、カップ、サークル(ディスク、車輪)、船(ボート、ソリ)、動物、人間、手、足(足裏)、車(車輪付きの乗り物)、農機具(鋤等)、ネット(罠、迷路)、木、武器類(剣、ヘルメット、盾等)、その他と13に分類されている。これらの多くは物理的な対象を象徴的に描いたもので、ダンスや儀式・旅行・戦争といった事象を描いたものもあり、中にはきわめて抽象的な図形も見られる。船や武器などは多文化との交流を、動物は狩猟の様子を示しており、やがて農具が増えて獲得経済から生産経済へと移行する様子が描き出されている。これらは当時の生活の様子はもちろん、人々の思想や当時の環境をも示すものとなっている。また、ヴィトリッケなどでは青銅器時代や鉄器時代の住居跡や農場跡も発見されている。

紀元前1000年頃に埋葬方法は土葬から火葬へ移行し、灰は骨壺に収められた。ペトログリフはこの頃、最盛期を迎えた。海水面は下がりつづけ、青銅器時代から鉄器時代に入る紀元前500年頃、海水面は現在より4m上にまで下がった。スカンジナビア半島がおおよそいまの形になるのは1世紀のことで、この頃にはペトログリフも描かれなくなっていた。

■構成資産

○タヌムの線刻画群

■顕著な普遍的価値

○登録基準(i)=人類の創造的傑作

「タヌムの線刻画群」は青銅器時代の最高品質の芸術作品であり、人類の創造した卓越した傑作である。

○登録基準(iii)=文化・文明の稀有な証拠

「タヌムの線刻画群」のモチーフの範囲は広く、ヨーロッパ青銅器時代の生活のさまざまな側面を描き出しており、その際立った証拠となっている。

○登録基準(iv)=人類史的に重要な建造物や景観

特徴的なタヌム地方のペトログリフ、考古遺跡、近代の景観に示されているように、長期にわたる定住生活と農業の継続的な実践は8,000年にわたるこの地の人類史の驚くべき永続性を実証している。

■完全性

資産には600以上に及ぶペトログリフを含む遺跡があり、その密度は北ヨーロッパでもっとも高く、顕著な普遍的価値を表現するために必要なすべての要素が含まれている。資産中央に位置するタヌム平野の西部と北東部にペトログリフを含む遺跡群が集中し、平野の北端と東端には先史時代の集落跡と墓地の大部分が集まっており、その完全性と網羅性に貢献している。バッファー・ゾーンは設定されていないが、資産の範囲はこの地の重要性を伝え表現することを十分保証している。

一般的に資産は開発や放置によるマイナスの影響を受けていない。いくつか劣化が懸念される遺跡はあるものの、多くのペトログリフは適切に保存されており、状態はよい。世界遺産リストへの登録時、資産の一部を横切るE6高速道路の改修が計画されていた。当局はUNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)の世界遺産センターおよびICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)と共同で作業を行い、2009年に顕著な普遍的価値を維持するための満足のいく解決策に到達した。また、世界遺産の北東約5kmに位置する11基の風力発電所はスウェーデンの法律に従って承認され、2014年に完成した。調査によると、資産の顕著な普遍的価値への影響は無視できる程度であることが示されている。ただ、世界遺産の北約10kmにさらなる風力発電所の建設が計画されている。

■真正性

資産はペトログリフの研究や他の青銅器時代の考古学的遺物の比較類型学的研究によって明らかにされているように、位置や環境・形状・デザイン・素材・原料・精神・感性においてきわめて高いレベルで真正性を維持している。それはペトログリフが刻まれた岩盤だけでなく隣接地も同様で、祭祀やその他の儀式の証拠となる遺跡が含まれている可能性があり、この点においても真正性は保たれている。

この地では長いあいだ一貫して土地が利用され、継続的に農業が行われてきた。ペトログリフは海岸近くで描かれていたことがわかっており、青銅器時代の海水面の移動を物語っている。こうした研究成果も資産の真正性の強化に役立っている。

タヌム地方ではスカンジナビア半島の他の地域と同様に、厳選された同じ花崗岩の岩盤に50~60年にわたって繰り返しペトログリフが描かれており、中には時代や絵の内容の判別が難しいものもある。一部の岩盤に限り、訓練を受けた専門家によって非破壊的な塗料を使用して赤く塗装され、わかりやすく演出されている。

資産に対する潜在的な脅威としては、将来的な農地開拓や農業の構造的変化が現在の開放的な景観に影響を与える可能性が挙げられる。

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