ヴァトナヨークトル国立公園-炎と氷によるダイナミックな自然

Vatnajökull National Park - Dynamic Nature of Fire and Ice

  • アイスランド
  • 登録年:2019年
  • 登録基準:自然遺産(viii)
  • 面積:1,482,000ha
  • IUCN保護地域:II=国立公園他
世界遺産「ヴァトナヨークトル国立公園」、NASAによる衛星写真
世界遺産「ヴァトナヨークトル国立公園」、NASAによる衛星写真。中央の氷帽から数多くの氷河が流れ落ちているのがわかる
世界遺産「ヴァトナヨークトル国立公園」のダイナミックな氷河群
世界遺産「ヴァトナヨークトル国立公園」のダイナミックな氷河群。中央の氷帽から約30の氷河が流れ出している
世界遺産「ヴァトナヨークトル国立公園」
世界遺産「ヴァトナヨークトル国立公園」。海との接続面からは流氷が流出し、流氷が重なり合うと氷丘が形成される
世界遺産「ヴァトナヨークトル国立公園」、2011年噴火時のグリムスヴォトン山火口
世界遺産「ヴァトナヨークトル国立公園」、2011年噴火時のグリムスヴォトン山火口。周囲の氷河が火山灰に覆われている (C) Boaworm
世界遺産「ヴァトナヨークトル国立公園」の氷洞
世界遺産「ヴァトナヨークトル国立公園」、グレイシャー・ブルーの色彩と神秘的な模様が美しい氷洞 (C) Giuseppe Milo

■世界遺産概要

ヴァトナヨークトル国立公園はアイスランド島の約14%を占める広大な国立公園で、面積の85%以上が10座の火山が作り出した荒原で、8座をヨーロッパ最大の氷河が覆っている。地下のマグマから火山地形・水圏・雪氷圏・大気へと接続する例は世界でもきわめて稀で、火山と氷河の相互作用である氷洞やヨークルフロイプをはじめ、他では見られないダイナミックな地形と現象を形成している。

○資産の歴史と内容

地球表面は「プレート」と呼ばれる十数枚の固い岩盤で覆われており、プレートはその下に広がるマントルの流れに沿って移動している(プレート・テクトニクス理論)。プレートを構成する地表の冷たい岩盤(コールド・プルーム)はやがてマントルに沈み込み、一方でマントルから温度の高いマントル物質(ホット・プルーム)が湧き上がり、新しい岩盤を形成すると考えられている(プルーム・テクトニクス理論)。アイスランド島の地下ではホット・プルームが湧き上がって大地を西の北アメリカ・プレートと東のユーラシア・プレートに引き裂いており、両者は毎年約19mmのペースで離れている。ホット・プルームはマグマを生産して数多くの海底火山を生み、プレートの境界面に南北に伸びる海底山脈(大西洋中央海嶺)を生み出している。マントルに熱源を持つ場所を「ホットスポット」というが、アイスランド島はアイスランド・ホットスポットに位置しており、もともとはこうした海底火山のひとつだった。活発な火山活動のため大西洋中央海嶺の頂部となる島を形成し、海嶺が海面上に姿を表す稀有な例となった。

ヴァトナヨークトル国立公園内には10座の火山があり、8座は氷河の下に位置し、バルダルブンガ山とグリムスヴォトン山の2座は現在も活発に活動を続けている。地割れ火口やシールド溶岩・洪水玄武岩など火山性のほぼすべての地形や火道(溶岩の通り道)を有し、玄武岩から流紋岩まですべての溶岩石のタイプを網羅しており、地球内部のプルームが露出した貴重な地となっている。そのほとんどが手付かずで、熱によって氷河が消えている地域では植物も育たないためそれらの様子がよく観察できる。玄武岩は最古のもので1,000万年前、新しいものは2010年代と、マントル活動の歴史を伝えている。代表的な火山が標高1,516mのアスキャ山で、アメリカのアポロ計画で月面地質学調査の訓練が行われたことでも知られている。

氷河について、中央の氷帽(山頂部を覆う5,000,000ha未満の氷塊。それを超えると氷床)は7万~1万年前の新生代第四紀更新世の最終氷期(氷期と間氷期の繰り返しにおける最新の氷期)の名残で、約2,500年前に現在の形になった。面積約780,000haを誇る氷帽は国立公園の半分以上を占め、その規模は東西約140km・南北約100kmに及び、厚さは最大1kmに達する。最大規模を誇るパトナ氷河を筆頭に、エーライヴァ氷河やディンギュ氷河、ブレイザメルクル氷河など30ほどの氷河が流れ出しており、クレーター状に穴を穿った圏谷(けんこく)やU字形に谷を削ったU字谷、窪地にできた氷河湖、氷河によって削られた土や石が集まって層を作るモレーンといった多彩な氷河地形を生み出している。氷河の下に点在する湖には氷河時代を生き延びた固有の単細胞動物が生息しており、人を寄せ付けない環境の中で特殊な地下水動物相が育まれている。

氷河と火山の相互作用で生まれた氷洞や氷丘など特徴ある地形も少なくない。氷洞は氷河の中、あるいは氷河の下に空いた洞窟で、夏の融雪や地熱によって溶けた水が氷河に穴を穿つことで生み出されている。氷河内部の氷は高い圧力を受けて気泡が氷に取り込まれて透明になり、太陽光の赤い光を吸収して青く輝いている。この「グレイシャー・ブルー」と呼ばれる色彩と、水流によって生み出された模様が神々しく、氷洞ツアーは人気のアトラクションとなっている。また、氷河と火山が生み出す特有の現象が「ヨークルフロイプ」だ。マグマによって氷河が溶けて水蒸気爆発(マグマ水蒸気爆発)を起こしたり、マグマや地熱によって溶かされた大量の水が氷河を破壊することで数日間にわたる大規模な洪水を引き起こす。1996年のギャールプ山の噴火ではヨークルフロイプによってグリムスヴォトン湖が決壊して下流の橋や道路が破壊された。

ヴァトナヨークトルの氷河は特殊で絶妙な環境の下で成立しており、気候変動に敏感であることから注意深く観察が続けられている。氷河は18世紀終わりに最大の大きさに達し、それ以降は後退しており、現在も縮小しつづけている。アイスランドは2016年のパリ気候サミットでヴァトナヨークトルの氷河のデータを提出し、気候変動に対する真剣な対応を要請した。

■構成資産

○ヴァトナヨークトル国立公園

■顕著な普遍的価値

○登録基準(viii)=地球史的に重要な地質や地形

活発な海洋地溝、マントル・プルーム、大気および過去280万年にわたって大きさや範囲が変化した氷帽の共存と継続的な相互作用により、この資産は世界的にも類を見ない場所となっている。地球システムの相互作用は絶えず資産を構築し、形を変え、著しく多様な景観と多種多様な造構、火山、氷河火山の特徴を生み出している。露出した火山は、火星環境と類似しているとも指摘されている。火と氷は共生しており、世界的にユニークな現象を演出する。地熱と氷河下の噴火は急速に進化する峡谷と同様に、氷帽の北と南に大量の雪解け水とヨークルフロイプを発生させて外縁堆積原を形成する。さらに、この資産は気候の変化に応じて氷河を拡大または後退させることによって形成された氷河および地形の動的な配列が含まれている。これらの機能は、特に南部の低地にあるヴァトナヨークトルの多くの外縁氷河と周辺に見られる。

■完全性

資産は中央高地の25%を占め、国土の約12%をカバーし、そのほとんどはIUCN保護地域のII=国立公園に対応している。バッファー・ゾーンは持たないが、ふたつの自然保護区によって周辺部も保護されており、十分な保護体制が敷かれている。景観や地球物理学的要素は包括的かつ手付かずで、人間の介入は最小限に留まっており、完全性は維持されている。資産には氷帽全体と1998年に確認された派生の全氷河を包含し、また約200kmのプレート境界にまたがる10座の中央火山と付随する地形の大部分が含まれ、約85%が荒原に分類されている。過去10年間に発表されたプレート・テクトニクス、火山活動、氷河火山活動、氷河学、氷河地形学、生態学のさまざまな側面に関する少なくとも281本の科学論文により、この資産に対する国際的な科学的関心が高まっている。人の居住地から遠く離れており、資産内で不適切な活動は見られないが、いくつかの歴史的な農場が存在し、1年を通して少数の公園従業員がそこに住んでいる。

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