20世紀の産業都市イヴレーア

Ivrea, industrial city of the 20th century

  • イタリア
  • 登録年:2018年、2021年軽微な変更
  • 登録基準:文化遺産(iv)
  • 資産面積:52.37ha
  • バッファー・ゾーン:278.32ha
世界遺産「20世紀の産業都市イヴレーア」、マットーニ・ロッシ
世界遺産「20世紀の産業都市イヴレーア」、マットーニ・ロッシ
世界遺産「20世紀の産業都市イヴレーア」、オフィスビル (C) Laurom by GNU Free Documentation License ver.1.2
世界遺産「20世紀の産業都市イヴレーア」、オフィスビル (C) Laurom by GNU Free Documentation License ver.1.2

■世界遺産概要

イヴレーアはイタリア北部ピエモンテ州の工業都市で、1930~60年代にかけてアドリアーノ・オリベッティの指揮の下で現代的な計画都市が築かれた。オリベッティの工場を中心とする産業遺産で、住居や関連施設を含めて27の建造物が登録されている。なお、2021年の軽微な変更で資産に含まれていた住宅地がバッファー・ゾーンへ移され、資産とバッファー・ゾーンの面積が変更された。

○資産の歴史と内容

イヴレーアは紀元前5世紀ほどに築かれた古代都市エポレディアに起源を持つ町で、ローマ帝国時代にはアルプス山脈南部の重要な軍事拠点となった。イヴレーア城やイヴレーア大聖堂、テアトルム(ローマ劇場)といった古代から近世にかけての遺構が点在する旧市街はドーラ・バルテア川の左岸(東岸)に位置している。一方、右岸(西岸)にはピエモンテ州の州都トリノへの幹線道路が走っており、近代に入って商業地区として開発がはじまった。19世紀に入ると水力発電所が建設され、鉱山開発・金属加工・建設・繊維・食品などの産業が興り、新市街が発達した。

1908年、カミッロ・オリベッティが電気計測器メーカーとしてオリベッティ社を創業する。1930年にオリベッティM40というタイプライターを製品化し、1948年に世界初の印刷機能付きの電動卓上計算機ディビィジュマ14、1959年にはイタリア初の商用トランジスタ・コンピュータであるエレア9003を開発。やがてその売上げは市の70%を占めるまでに成長し、タイプライター・電卓・コンピュータの分野において世界的なメーカーへ成長した。

会社の成長に合わせるように1934年以降、カミッロの息子アドリアーノによる工場の拡張が行われた。1896年にカミッロが建設した最初の工場マットーニ・ロッシ(赤レンガ)はその名の通りレンガ造だったが、アドリアーノは現代建築家であるルイジ・フィジーニとジーノ・ポリーニに設計を依頼し、鉄筋コンクリートとガラスを多用した工場群(ICOワークショップス)を生み出した。工場の周辺には他にもルイジとジーノ設計のソーシャル・サービス・センターやボルゴ・オリベッティ・ソーシャル・ハウジング、エドゥアルド・ヴィットーリア設計の研究体験センターや火力発電所、アンニーバレ・フィオッキ、ジャン・アントニオ・ベルナスコニ、マルチェッロ・ニッゾーリ設計のオフィスビルなど現代建築による施設が次々と建設された。

アドリアーノの工場改革は彼の政治思想である「モヴィメント・コムニタ(コミュニティ運動)」を実現するためのものでもあった。第2次世界大戦においてイタリアではファシズムが台頭したが、こうした政治の動きに左右されず、地域社会を発展させることで下からの政治改革を目指した。アドリアーノはコミュニティの基本単位として工場と周辺地域の充実を計画し、合理的な工場だけでなく、交通機関などのインフラや食堂・保育園・図書館・レクリエーションクラブ・スタディセンターといった施設、経営者や従業員の住宅、庭園や森といった環境、健康保険や年金基金といった制度や種々のイベントを提供して従業員とその家族の健康的で文化的な生活の実現を図った。最たる例が1969~75年に築かれたタルポニアで、建築家ロベルト・ガベッティとアイマロ・イソラによる直径150mほどの半円形の集合住宅で、森を取り囲むように展開している。

アドリアーノが亡くなる1960年前後に従業員は26,000人まで増えたが、まもなく株式を売却してオリベッティ家の手を離れた。1990年代後半にオリベッティ・テレコムとなり、1999年にベル社に買収された。この過程で工場の敷地の売却が進むと同時に、産業遺産を守る活動がはじまった。2001年にはイヴレーア市がMAAM(野外近代建築博物館)を開設し、周辺でも数々の博物館がオープンした。

■構成資産

○20世紀の産業都市イヴレーア

■顕著な普遍的価値

この遺産は登録基準(ii)「重要な文化交流の跡」、(vi)「価値ある出来事や伝統関連の遺産」としても推薦されたが、文化遺産の調査・評価を行っているICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)は、(ii)の文化交流について実証されておらず、(vi)の根拠となったモヴィメント・コムニタが20世紀の社会の中で国際的に際立って重要でユニークであるか定かではないとして価値を認めなかった。

○登録基準(iv)=人類史的に重要な建造物や景観

産業都市イヴレーアを構成する建造物群は20世紀の工場生産と建築との関係を体現する社会プロジェクトの顕著な例であり、イタリアを代表する現代建築の建築家が工業的・社会的ニーズに対応して設計を行った傑出した作品群である。また、機械産業からデジタル産業へ移行する過程で生まれた生産・建築・社会に関する現代的視点の最高の表現のひとつであり、産業史の中で重要な位置を占めている。

■完全性

20世紀産業都市として必要な都市レイアウト・スペース・建造物が網羅されており、建築物も景観も法的に保護されている。保存状態はさまざまで、住宅の多くは良好だが、工場や施設は建設当初の目的で使用されていないため一部劣化しているものも存在する。開発に対して脆弱で、敷地内あるいはバッファー・ゾーンに建設された新たな建築物や構築物は景観を乱す要因となっている。

■真正性

イヴレーアの真正性は工業都市として開発初期までさかのぼる都市・建築プロジェクトの数的・質的なレベルの高さに基づいている。建造物群は形状・デザイン・素材・位置・環境との関係などにおいて詳細に調査・研究されており、過去20年にわたる生産の変更にもかかわらずおおむねその特徴を維持している。住宅やオフィスビル、サービス関連施設はほとんど手付かずだが、他は改装されているものも多い。また、多くの建造物が使用されておらず、外装・内装の仕上げの退色やディテールの劣化など経年や目的の変化による真正性の漸進的な消失が懸念される。このため大規模な改修計画や電気通信・生産・文化活動など元々の用途に類似した用途で使用するなどといった対策が進められている。

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