イベリア半島の地中海沿岸のロックアート

Rock Art of the Mediterranean Basin on the Iberian Peninsula

  • スペイン
  • 登録年:1998年
  • 登録基準:文化遺産(iii)
世界遺産「イベリア半島の地中海沿岸のロックアート」、ラ・シエラ・イ・ロス・カニョネス・デ・グアラ自然公園のチミアチャス洞窟のペトログリフ
世界遺産「イベリア半島の地中海沿岸のロックアート」、ラ・シエラ・イ・ロス・カニョネス・デ・グアラ自然公園のチミアチャス洞窟のペトログリフ (C) Hugo Soria
世界遺産「イベリア半島の地中海沿岸のロックアート」、アルバラシン文化公園のラ・セハ・デ・ピエツァロディリャ洞窟のペトログリフ
世界遺産「イベリア半島の地中海沿岸のロックアート」、アルバラシン文化公園のラ・セハ・デ・ピエツァロディリャ洞窟のペトログリフ (C) Alfredo SÁNCHEZ GARZÓN

■世界遺産概要

スペイン東部、イベリア半島の地中海沿岸部1,000km超に散在する758件もの洞窟遺跡や岩陰遺跡(岩や岩壁の下やくぼみ・割れ目・浅い洞穴といった岩の陰に営まれた遺跡)を登録した世界遺産で、数多くのペトログリフ(線刻・石彫)が残されている。洞窟の深部ではなく入口付近の壁面や岩陰に刻まれているものが多く、おおむね紀元前8000~前3500年頃の制作と見られる。モチーフは人間や動物など多種多様だが、人間はさまざまな角度から多彩な髪型・装飾品とともに描かれており、集団による狩猟や果物採取・戦闘・舞踊といった社会生活の様子が描き出されている。

○資産の歴史

スペイン東部にはオーリニャック文化(紀元前45000~前28000年頃)やソリュートレ文化(紀元前22000~前17000年頃)といった後期旧石器時代の遺跡が多く残されており、ロックアートもすでに見られた。20世紀はじめに考古学者フアン・カブレがアラゴン州テルエル県で発見したロックアート群はそれらと異なるもので、紀元前10000年前以降の中石器~新石器時代のものと考えられた。同時代に繁栄した北アフリカ地中海沿岸部のカプサ文化のロックアートに類似性が見られたが、絵のテーマと技法に大きな違いがあった。その後の調査でこれらの遺跡群の制作年代は紀元前8000~前3500年前後と推定された。

これらのロックアートのひとつの特徴はアルタミラ洞窟(世界遺産)やエル・カスティーリョ洞窟(世界遺産)のように洞窟深くではなく、自然光でハッキリと見える洞窟の入口付近や岩陰に描かれているという点だ。おおむね1~3mmほどの太さの線で描かれた線刻画で、大きさは10~120cmとさまざまで、黒や赤・白・黄など単色で塗られていることが多い。

絵のテーマは人間の男女や子供、動物、なんらかの物品で、時代を下ると抽象的な絵柄も現れる。人間や動物は精巧で、旧石器時代のような正面あるいは横から見た単純な絵柄ではなく、さまざまな角度で描かれている。人間の髪型や衣服は多様で、しばしばネックレスやブレスレット、バッグなどの装飾品や道具類を身に付けている。中には魔術師のような奇妙な衣装を身に付けた人物も存在する。女性が大きく描かれていることも多く、神格化されたものと考えられている。動物についてはウシやシカ、トリが多く、特に立派なツノを持つ雄が好んで描かれた。狩猟対象ではないワシやハヤブサ、スペインオオヤマネコのような肉食動物も見られる。動物には地域性があり、たとえばアラゴン州南東部のマエスロラスゴの一帯ではイノシシやミツバチが多く見られるが、南部に多いウマや肉食動物の絵は見られない。動物を単体で描いているものも少なくないが、複数での狩猟シーンやグループでミツバチを集めるシーンなど、集団の絵柄が多い点もひとつの特徴だ。狩猟シーンはもっとも好まれた題材で、棒や槍、弓や矢などとともに描かれている。用途が判然としない道具類も見られ、農耕具との解釈もあり、狩猟採取生活から定住生活への移行期を示しているとの見方もある。集団シーンは他に果物採取・戦闘・処刑・葬式・舞踊・座談会などが確認されている。コグル洞窟の9人の女性の舞踊の様子を描いた「コグル・ダンサー」は特に名高い。

○資産の内容

世界遺産の構成資産は絵のテーマと技法によっておおよそ7つのグループに分けることができる。「北部」では単一の自然主義的な動物の絵や形式化された人間の絵柄が多い。「マエストラスゴとエブロ川下流」では狩猟や戦闘のダイナミックな集団シーンが多く、絵のサイズも大きい。「クエンカとアルバラシンの山地」には最大の胸像があり、白い顔料が好んで使用された。一部の動物は彫刻として刻まれている。「フカル川の洞窟と隣接の山地」は狩猟をはじめ躍動感あふれる人間の姿が描かれている。「サフォルとマリナ地区(バレンシアとアリカンテ)」は狩猟や生活の様子を描いた絵柄が多く見られる一方で、戦闘シーンがない。イノシシとウシの絵は見られず、ヤギは非常に多い。「セグラ川の盆地と隣接山地」は動物、特にウマとウシが多く見られる。地表を線で示すという技法も特徴的だ。「アンダルシア東部」はほとんどが動物絵で、2地域のひとつであるロスフェレスでは人間が見られ、シエラモレナでは見られない。

■構成資産

本遺産の構成資産は6州16県にまたがっており、計758件に及ぶ。

○モロスの岩絵(コグル洞窟)他、カタルーニャ州の60件のロックアート

○アラニャ洞窟他、バレンシア州の301件のロックアート

○ヴィエハ洞窟他、カスティリャ=ラ・マンチャ州の93件のロックアート

○ヴィセラの岩絵他、ムルシア州の72件のロックアート

○エルミータ・デ・サン・ウルベス他、アラゴン州の163件のロックアート

○レトレロス他、アンダルシア州の69件のロックアート

■顕著な普遍的価値

○登録基準(iii)=文化・文明の稀有な証拠

スペイン東部地中海沿岸に散財する先史時代の後半に描かれた壁画群はヨーロッパでも最大のロックアート遺跡地帯であり、人類の重要な文化的発展期における人間の生活の際立った描写を提示している。

■完全性

構成資産は顕著な普遍的価値を伝えるために必要なすべての要素を含んでいる。素材面の完全性は岩の状況と気候条件によるところが大きいが、多くの遺跡は孤立しており、洞窟や岩壁・壁画・周囲の自然環境はいずれも適切な保存状態にある。しかしながら環境条件・石質・破壊行為などによって劣化した遺跡もあり、その脆弱性を考慮して体系的な管理と保全対策が必要である。

■真正性

イベリア半島の地中海沿岸のロックアートは最終氷期(約7万~1万年前)の終わりに制作された先史時代の芸術作品群であり、高い真正性を保持している。その発見以来、壁画の復元などもほとんど行われておらず手付かずであり、個々の壁画の真正性も同様に疑問の余地はない。

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