コア渓谷とシエガ・ヴェルデの先史時代のロックアート遺跡群

Prehistoric Rock Art Sites in the Côa Valley and Siega Verde

  • スペイン/ポルトガル
  • 登録年:1998年、2010年重大な変更
  • 登録基準:文化遺産(i)(iii)
世界遺産「コア渓谷とシエガ・ヴェルデの先史時代のロックアート遺跡群」、コア渓谷ペナスコサのペトログリフ
世界遺産「コア渓谷とシエガ・ヴェルデの先史時代のロックアート遺跡群」、コア渓谷ペナスコサのペトログリフ (C) Henrique Matos
世界遺産「コア渓谷とシエガ・ヴェルデの先史時代のロックアート遺跡群」、シエガ・ヴェルデのペトログリフ
世界遺産「コア渓谷とシエガ・ヴェルデの先史時代のロックアート遺跡群」、シエガ・ヴェルデのペトログリフ (C) Vanbasten 23

■世界遺産概要

ポルトガル北東部コア川流域のコア渓谷、およびスペイン中西部アゲダ川流域のアゲダ渓谷(シエガ・ヴェルデ)、ふたつの渓谷の岩場には後期旧石器時代~中石器時代にあたる紀元前22000年~前8000年頃に刻まれた数多くのペトログリフ(線刻・石彫)が残されている。構成資産はコア渓谷の16件とシエガ・ヴェルデの計17件で、前者では約5,000点、後者では645点もの動物画や人物画が発見されている。なお、本遺産は1998年にポルトガルの世界遺産「コア渓谷の先史時代のロックアート遺跡群 "Prehistoric Rock-Art Sites in the Côa Valley"」として登録され、2010年にスペインのシエガ・ヴェルデを加えて拡大され、現在の名称に変更された。

○資産の歴史と内容

イベリア半島では30,000年以上前からアルタミラ洞窟(世界遺産)やエル・カスティーリョ洞窟(世界遺産)といった洞窟でペトログラフ(岩絵・壁画)やペトログリフの制作がはじまっていた。ドウロ川上流の支流であるコア川やアゲダ川の沿岸では20,000年以上前にさかのぼる後期旧石器時代の遺跡が発見されており、人々が狩猟採取生活を行っていた。石器などの研究はこれらの流域の狩猟採取民が200km以上の広大な領域を移動していたことを示している。この地でもグラヴェット文化(紀元前30000〜前21000年頃)の20,000年以前にペトログリフの制作がはじまり、ソリュートレ文化(紀元前22000~前17000年頃)を経てマドレーヌ文化(マグダレニアン文化。紀元前17000~前11000年頃)の終わりまで続いた(時代区分と年代には諸説あって明確ではない)。約10,000年前に最終氷期が終わると次第に消えていき、農牧業による定住生活に移行したようだ。

特にペトログリフが集中しているのがコア渓谷だ。1980年代に発見された遺跡群で、もともと渓谷はダムによって水没する予定だったが、この発見によってUNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)が調査チームを送るなどセンセーションを巻き起こし、世論が政府を動かしてプロジェクトは中止された。コア渓谷のペトログリフの特徴は洞窟や岩陰に描かれた洞窟芸術ではなく、切り立った断崖や剥き出しになった巨大な岩といった屋外の岩肌に刻まれている点だ。神秘的な洞窟の奥に祀られていた神殿が聖域として地上に現れたものであるとの説もある。いずれにせよこのようなオープンエアのロックアートは世界的に例が少なく、世界最大規模とされる。

コア渓谷で発見された装飾パネルは214枚で、描かれている動物や人間の数は5,000点を超える。こうしたパネルはいずれも垂直面にあり、岩の表面を削って1枚のパネルにしたり、周辺を磨くことで絵を際立たせている。絵は硬い石で細い線を刻んで描いた線刻画や、細かく岩肌を叩いて形を彫り上げた彫刻(ペッキング/敲製)で、ほぼ同数が存在する。大きさは15~180cmとまちまちだが、40~50cm前後のものが主流だ。描かれているのはウシが多く、続いてウマ、さらにシカとヤギが続くが、ヒツジやニワトリといった家畜は見られない。絶滅したウシ科のオーロックスやシカ科のメガロセロス、サイ科のケブカサイ、地域絶滅したトナカイやウマなども描かれており、当時の環境を知る重要な手掛かりとなっている。人間の絵には塗装されているものもあり、色のないものでも屋外で顔料が剥落した可能性が指摘されている。

一方、コア渓谷の南東40~60kmほどに位置するアゲダ渓谷のシエガ・ヴェルデでは1988年にヒツジ飼いによってペトログリフが発見され、サラマンカ博物館によって確認された。コア渓谷と同様に屋外にあり、全長1kmほどの渓谷の断崖壁面に線刻画やペッキングによる彫刻、約645点が刻まれている。描かれている動物は主にウマ、ウシ、シカで、わずかに人間や幾何学文様が見られる。絵は自然主義的でリアルに描かれており、記念碑的・宗教的なデフォルメはあまり見られない。制作年代は紀元前20000~前8000年ほどで、コア渓谷とほぼ同時代・同文化のものといえ、狩猟採取民の移動ルート上にあったものと考えられている。

■構成資産

○シエガ・ヴェルデのロックアート考古学地区(スペイン)

○Canada do Inferno / Rego da vide(ポルトガル)

○Faia(ポルトガル)

○Faia - Vale Afonsinho(ポルトガル)

○Fonte Frieira(ポルトガル)

○Meijapão(ポルトガル)

○Penascosa(ポルトガル)

○Quinta da Barca(ポルトガル)

○Quinta da Ervamoira(ポルトガル)

○Quinta do Fariseu(ポルトガル)

○Ribeira de Piscos / Quinta dos Poios(ポルトガル)

○Ribeirinha(ポルトガル)

○Salto do Boi(ポルトガル)

○Vale de Figueira / Teixugo(ポルトガル)

○Vale de Moinhos(ポルトガル)

○Vale de Namoradas(ポルトガル)

○Broeira(ポルトガル)

■顕著な普遍的価値

○登録基準(i)=人類の創造的傑作

コア渓谷とシエガ・ヴェルデのロックアートは後期旧石器時代から中石器時代(紀元前22000~前8,000年)の人類を象徴する創造的活動の最初の表現であり、文化的発展のはじまりを示すきわめて独創的な遺跡群である。特に後期旧石器時代の芸術の卓越した例であり、その理解においてきわめて重要な史料となっている。

○登録基準(iii)=文化・文明の稀有な証拠

コア渓谷とシエガ・ヴェルデのロックアートはを初期人類の社会的・経済的・精神的活動を示すもので、その文化・文明のきわめて重要な証拠である。

■完全性

資産の境界線は、主としてペトログリフが刻まれた岩の表面の空間的領域と同質性・連続性、および洞窟芸術の空間構成を考慮して引かれており、オープンエアの遺跡群の完全性を適切に確保している。いずれも発見後、早い段階から法的保護を受けており、一部はコア渓谷考古学公園などとして公開されている。

■真正性

本遺産の価値はペトログリフの描かれた場所や技法・テーマなどの比較研究によって明らかにされており、真正性は実証されている。ケブカサイ、ヨーロッパバイソン、メガロセロス、トナカイ、ネコなどのペトログリフについては解釈が分かれていて評価が定まっていない。

■関連サイト

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