ピレネー山脈-ペルデュ山

Pyrénées - Mont Perdu

  • スペイン/フランス
  • 登録年:1997年、1999年重大な変更
  • 登録基準:複合遺産(iii)(iv)(v)(vii)(viii)
  • 資産面積:30,639ha
  • IUCN保護地域:II=国立公園他
世界遺産「ピレネー山脈-ペルデュ山」、スペイン側のペルデュ山塊
世界遺産「ピレネー山脈-ペルデュ山」、スペイン側のペルデュ山塊
世界遺産「ピレネー山脈-ペルデュ山」、スペイン側のアニスクロ峡谷
世界遺産「ピレネー山脈-ペルデュ山」、スペイン側のアニスクロ峡谷
世界遺産「ピレネー山脈-ペルデュ山」、フランス側のガヴァルニ圏谷、奥はガヴァルニ滝
世界遺産「ピレネー山脈-ペルデュ山」、フランス側のガヴァルニ圏谷、奥はガヴァルニ滝 (C) Orlando Mouchel

■世界遺産概要

スペイン-フランス国境に沿って連なるピレネー山脈中部にそびえるペルデュ山を中心とした世界遺産。氷河地形やカルスト地形のダイナミックな景観が広がっており、豊かな自然を背景に古くから移牧(季節で牧場を変える放牧)を中心とした農牧業が営まれている。標高3,000mを超える高山やヨーロッパ随一を誇る深い渓谷や峡谷に牧草地や段々畑・教会が映える文化的景観は美しく、自然・文化両面の価値を有する複合遺産として登録されている。

なお、1999年の重大な変更でフランスのエアス渓谷上部に位置するジェドルの集落周辺550haが拡大登録されている。

また、資産の南部にはスペインの世界遺産「イベリア半島の地中海沿岸のロックアート」の洞窟群の一部があり、北部のガヴァルニ圏谷にはフランスの世界遺産「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の構成資産のひとつであるガヴァルニのサン=ジャン=バティスト教区教会(ノートル=ダム=デュ=ボン=ポール教会)がある。

○資産の歴史と内容

ピレネー山脈の成立はアルプス山脈より古く、1億5,000万~1億年前にユーラシア・プレートに含まれるイベリア・プレートと西ヨーロッパ・プレートが衝突したことで地層が褶曲し(ヴァリスカン造山運動/ヘルシニアン造山運動)、中生代後半から新生代前半にかけてユーラシア・プレートがアフリカ・プレートに衝突したことで隆起した(アルプス造山運動)。

山脈の地質の多くは地中深くでマグマから造成された花崗岩などの深成岩だが、ペルデュ山は花崗岩の上に堆積した生物由来の石灰岩層で、石灰質の山塊としてはヨーロッパ最大級を誇る。石灰岩は脆く水に溶けやすいため新生代第四紀(約258万年前~現在)の氷河時代、特に7万~1万年前の最終氷期には氷河に侵食され、氷河が山を削って流れた跡であるU字谷やクレーター状に穴を穿った圏谷(けんこく)、取り残された険しい峰・ホルン、石や土を削って堆積させたモレーン、氷河湖といったダイナミックな氷河地形を生み出した。

最高峰はスペイン側にそびえる標高3,352mのペルデュ山で、スペイン語でモンテ・ペルディード "Monte Perdido"、フランス語でモン・ペルデュ"Mont Perdu" と呼ばれている。資産の約70%は国立公園となっており、スペイン側はオルデサ・イ・モンテ・ペルディード国立公園、フランス側はピレネー国立公園が広がっている。

国境付近の分水嶺を隔てて南のスペイン側と北のフランス側では気候も地形も大きく異なっている。標高が高いスペイン側は森林限界を超えた高地が多く、剥き出しの荒地や氷河・雪原・草原・低木帯が広がっており、オルデサ渓谷やピネタ渓谷、アニスクロ峡谷といったヨーロッパ随一を誇る深い谷が大地を切り裂いている。気候的には乾燥した地中海性気候だ。一方フランス側は、国境付近は急速に切り立っているものの他は比較的なだらかで、最終氷期の氷河によってできた特徴的な3つの圏谷、ガヴァルニ圏谷、デスタルベ圏谷、トルムーズ圏谷が見られる。これらの圏谷は山をスプーンでえぐったような滑らかな地形を持ち、山に囲まれた内部に川が流れ森や草原が広がる風光明媚な景観が広がっている。最大を誇るガヴァルニ圏谷は標高3,248mのマルボレ峰から広がる約6kmの周を持つ大圏谷で、標高差1,500mの岩壁に囲まれ、落差423mのガヴァルニ滝を有している。フランス側は湿度が高い海洋性気候で、南北のこうした気候や標高・地形の違いが 6つの植生や約200の固有種を含む3,500種の維管束植物(維管束を持つシダ植物や種子植物)といった植物の多様性を生み出している。

ペルデュ山周辺では少なくとも紀元前4万~前1万年の後期旧石器時代には人間が居住していた。アニスクロ峡谷やエスクアイン峡谷には数多くの洞窟壁画が見られ、ガヴァルニ圏谷のストーン・サークルやテリャのドルメン(支石墓)といったメガリス(巨石記念物)も発見されている。一部の洞窟群は世界遺産「イベリア半島の地中海沿岸のロックアート」の構成資産でもある。狩猟採取生活から遊牧生活に移り、やがて農牧業による定住生活に移行した。特徴的なのが移牧で、夏の間は渓谷や圏谷を登って高地の草原でヒツジやウシ、ウマなどを放牧し、冬になると低地に戻って牧草地や牧舎を利用して舎飼(畜舎で飼料を与えて家畜を飼うこと)を行った。渓谷や圏谷の集落では段々畑を築いて穀物や牧草を育て、皮革や乳製品の加工を行った。渓谷や圏谷で見られるパッチワークのような牧草地や牧草地を取り囲む石垣、石造の家屋や納屋などは数世紀にわたる移牧によって生まれた景観だ。

10世紀頃からフランスのリモージュやトゥール(世界遺産)、ル・ピュイ=アン=ヴレ(世界遺産)、トゥールーズ(世界遺産)などからピレネー山脈を越えてサンティアゴ・デ・コンポステーラ(世界遺産)を目指す巡礼者が増えはじめた。ガヴァルニ圏谷のガヴァルニやエアス渓谷のジェドルなどは巡礼路の中継地となり、道や橋、教会堂や修道院などが整備された。ガヴァルニのサン=ジャン=バティスト教区教会はフランスの世界遺産「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の構成資産でもある。

ダイナミックな自然景観と文化遺産が調和したペルデュ山の美しい文化的景観は古くから愛されていたが、19世紀に詩人ヴィクトル・ユーゴーや画家ギュスターヴ・ドレといった芸術家たちに描かれるようになると数多くの観光客を呼び寄せた。特にガヴァルニ圏谷は200年以上の歴史を誇るフランス屈指のリゾートとして知られている。

■構成資産

○ピレネー山脈-ペルデュ山

■顕著な普遍的価値

○登録基準(iii)=文化・文明の稀有な証拠

ペルデュ山の草原と牧草地、村々とそれらを結ぶ小道の数々はヨーロッパではきわめて貴重な移牧システムの証拠であり、移牧はいまなお資産に隣接した7つのコミュニティで実践されている。

○登録基準(iv)=人類史的に重要な建造物や景観

高く険しい渓谷と石灰質の山塊を持つペルデュ山は中世以来、現在まで継続されている移牧によって生まれた卓越した牧歌的景観を持つ。

○登録基準(v)=伝統集落や環境利用の顕著な例

ペルデュ山では人や動物が夏には渓谷上部へ、冬には渓谷底部へと草原や牧草地を巡って季節移動を繰り返す移牧が伝えられている。かつてはこうした移牧はヨーロッパ山岳地帯で広く見られたが、現在ではきわめて貴重なもので、ペルデュ山ではその顕著な例を確認することができる。

○登録基準(vii)=類まれな自然美

ペルデュ山周辺は山地・草原・森・洞窟・渓谷・圏谷など多彩で美しい景観にあふれている。美的にすぐれているだけでなく、地形学的・地質学的・動植物相的にも重要で、ヨーロッパでもきわめて貴重な山地を形成している。

○登録基準(viii)=地球史的に重要な地質や地形

ペルデュ山はイベリア・プレートと西ヨーロッパ・プレートの衝突による地殻変動によって形成された山塊で、石灰質の地層が長期にわたって氷河に侵食されて深い峡谷や巨大な圏谷をはじめとする地形を彫り上げた。スペイン側の南斜面とフランス側の北斜面では景観が大きく異なっており、それが多彩な地形と植生・景観を生み出している。

■完全性

ヨーロッパ大陸の山地のほとんどが開発され、自然環境を維持している地域はごくわずかにすぎない。ピレネー山脈でも数千年前から人間が居住し、何世紀にもわたって多くの変化を経験したにもかかわらず、資産の地質・地形は大きな影響を受けておらず、生態系についても維持されている。特にスペイン側はほとんど手付かずで、フランス側では中世以来の牧草地や林が残されている。これらの地域では国境を越えて移牧がいまなお継続されている。鉄道や大規模送電線、スキー場といった開発プロジェクトは数十年にわたって拒絶されており、狩猟についてもスペインの国立公園で1918年、フランスでは1967年に禁止された。

資産は保護区の行政上の管理区域に沿って形成されたものではなく、ペルデュ山の石灰質の山塊を中心とした景観の統一性に合わせて設定されている。このため管理・整備といった面で懸念されたが、問題なく運用されている。1999年には主として文化遺産面での必要性から、フランス側に若干拡張された。

■真正性

ペルデュ山の景観と使用という2つの特徴について、真正性は非常に高いレベルで維持されている。移牧は現在も行われていて地域を特徴付ける牧草地や段々畑といった文化遺産は機能を保っており、ほとんど手付かずで残る高山や森林など自然の山岳風景と結び付いてすぐれた文化的景観を保持している。こうした景観や村々を含む農牧風景はほとんど変わらず引き継がれており、山岳社会の歴史を証言している。

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