シュヴァーベン・ジュラの洞窟群と氷河期の芸術

Caves and Ice Age Art in the Swabian Jura

  • ドイツ
  • 登録年:2017年
  • 登録基準:文化遺産(iii)
  • 資産面積:462.1ha
  • バッファー・ゾーン:1,158.7ha
世界遺産「シュヴァーベン・ジュラの洞窟群と氷河期の芸術」、ローネ渓谷、ホーレンシュタインのドライバレー
世界遺産「シュヴァーベン・ジュラの洞窟群と氷河期の芸術」、ローネ渓谷、ホーレンシュタインのドライバレー
世界遺産「シュヴァーベン・ジュラの洞窟群と氷河期の芸術」、ローネ渓谷のフォーゲルヘルト洞窟
世界遺産「シュヴァーベン・ジュラの洞窟群と氷河期の芸術」、ローネ渓谷のフォーゲルヘルト洞窟
世界遺産「シュヴァーベン・ジュラの洞窟群と氷河期の芸術」、アッハ渓谷のガイセンクレスターレ
世界遺産「シュヴァーベン・ジュラの洞窟群と氷河期の芸術」、アッハ渓谷のガイセンクレスターレ (C) Dr. Eugen Lehle

■世界遺産概要

ドイツ南部バーデン=ヴュルテンベルク州に横たわるシュヴァーベン・ジュラ山脈に位置するアッハ渓谷とローネ渓谷の初期人類遺跡を登録した世界遺産。アッハ渓谷のガイセンクレスターレ洞窟、シルゲンシュタイン洞窟、ホーラー・フェルス洞窟、ローネ渓谷のフォーゲルヘルト洞窟、ホーレンシュタイン=シュターデル洞窟、ボクシュタイン洞窟の6洞では43,000~33,000年前にさかのぼるオーリニャック文化(紀元前45000~前28000年頃)の遺物が多数発見されている。

○資産の歴史

全長約200km・幅約40kmを誇るシュヴァーベン・ジュラ山脈の地質は主として中生代ジュラ紀にあたる2億~1億5千万年前に形成された石灰岩層で、4,000万~2,000万年前にユーラシア・プレートがアフリカ・プレートに衝突して沈み込んだ際に起こった隆起によって誕生した(アルプス造山運動)。水が浸透しやすく水に溶けやすいカルスト台地(石灰岩などが溶食されてできる台地)で、河川や地下水・雨による侵食を受けてドライバレー(大雨などによって一時的にできる川や湖に侵食されてできた谷)やドリーネ(大地が溶食されてできた凹地)、鍾乳洞(石灰質の洞窟)といったカルスト地形が形成された。

現生人類ホモ・サピエンス(亜種名まで入れる場合はホモ・サピエンス・サピエンス)の一派であるクロマニヨン人は4万年ほど前にヨーロッパに進出し、40万~30万年前に誕生した旧人のネアンデルタール人(ホモ・ネアンデルターレンシス。ホモ・サピエンスの一種でホモ・サピエンス・ネアンデルターレンシスとする説もある)のムスティエ文化(紀元前90000~前35000年頃)に代わって繁栄し、オーリニャック文化を切り拓いた(異説あり)。こうした初期人類はしばしば山腹の洞窟で生活し、食料や道具類を洞内に持ち込んだ。アッハ渓谷とローネ渓谷の6洞では最終氷期(約7万~1万年前)の43,000~33,000年前にさかのぼるフリント(火打石)や石刃・石斧といった石器やそれらのもととなる岩石、動物の骨や角・牙とそれらを使った骨角器、ビーズ(石・骨・貝・木などで作られた管状・玉状の飾り玉)やペンダントなどの装飾品、人物や動物の彫像、骨笛などの楽器が発掘されている。ほとんどはオーリニャック文化の遺物だが、一部にムスティエ文化の遺物が含まれており、洞窟群はネアンデルタール人とクロマニヨン人の両者に使用されていた。また、より新しいグラヴェット文化(紀元前30000〜前21000年頃)やソリュートレ文化(紀元前22000~前17000年頃)、マドレーヌ文化(マグダレニアン文化。紀元前17000~前11000年頃)の遺物も発見されており、洞窟群が非常に長い期間にわたって使用されていた事実が明らかになっている(時代区分と年代には諸説あって明確ではない)。特に彫刻や楽器はヨーロッパにおける最初期の芸術活動の様子を伝えるものであり、またマンモスやホラアナライオン、ホラアナグマといった絶滅種の骨や彫像は当時の気候や生態系の貴重な史料となっている。

洞窟内の堆積物は古くから畑の肥料として使われており、装飾品や動物の骨が出土することは知られていた。そうした中で巨人サイクロプスの伝説が生まれ、洞窟群はサイクロプスの拠点であると伝えられるようになった。洞窟の本格的な発掘調査は1861年にホーレンシュタイン=シュターデル洞窟ではじまった。この調査でホラアナグマの骨が発見されると注目が集まり、1871年にホーラー・フェルス洞窟、1879年にはボクシュタイン洞窟の調査も開始され、20世紀に入ると周辺の洞窟も同様に調査された。6洞で30以上の発掘プロジェクトが行われ、現在もホーラー・フェルス洞窟でプロジェクトが進行している。

○資産の内容

世界遺産の構成資産はアッハ渓谷とローネ渓谷の2件。アッハ渓谷はアッハ川沿いに展開する約3kmの渓谷で幅500m・深さ130mほど、ローネ渓谷はローネ川に広がる約3kmの渓谷で幅200~500m・深さ30mほどとなっている。いずれも周囲は森で、川岸には農地が広がっている。

アッハ渓谷のガイセンクレスターレ洞窟では主に41,000〜35,000年前のオーリニャック文化の遺物が出土している。石器・骨角器・装飾品のほか、マンモスの象牙で彫り上げたマンモスやホラアナグマの置物、象牙と鳥の骨で作った3つの骨笛、カラフルに彩色された石などが出土しており、芸術活動の証拠となっている。また、火を使った複数の痕跡も発見されている。

アッハ渓谷のシルゲンシュタイン洞窟は全長42mほどの洞窟で、39,000~35,000年前の遺物がよく出土している。一例が大量のフリントや、ホラアナグマやウマ、シカ、トナカイ、マンモスといった動物の骨で、マンモスの象牙で作られた装飾用ビーズなども見つかっている。洞窟の入口や隣接の岩陰遺跡(岩や岩壁の下やくぼみ・割れ目・浅い洞穴といった岩の陰に営まれた遺跡)には火を使った痕跡があり、一部はムスティエ文化のものと考えられている。また、グラヴェット文化やマドレーヌ文化の遺物も発見されている。

アッハ渓谷のホーラー・フェルス洞窟には20mの回廊に続いて全長30m・幅25m・高さ30mを誇る南ドイツ最大級の洞窟ホールがある。43,000~32,000年前の出土品が多く、マンモスの象牙で作られた身長2.5cmの半人半獣像「ライオンマン」や、同じく象牙製で高さ6.0cmの女性像「ホーラー・フェルスの女神」、同じく高さ7.2cmの「ガルゲンベルクの女神」は有名だ。現在も発掘が続けられていて出土品は非常に多く、石器は80,000点、宝石類は300点以上に及び、動物の骨もマンモス、トナカイ、ホラアナグマ、ウマと多岐にわたり、グラヴェット文化やマドレーヌ文化の遺物も出土している。

ローネ渓谷のフォーゲルヘルト洞窟は3つのエントランスを持つ全長約40mの洞窟で、40,600~35,000年前を中心にムスティエ文化、オーリニャック文化、マドレーヌ文化などの遺物が出土している。特に動物の置物が多く、マンモスの象牙やウマの頭蓋骨で作られたマンモス、ホラアナライオン、トナカイ、ウシ、ウマ、水鳥、魚などの置物が見られる。これ以外にも骨笛や象牙のペンダント、シカ、ウシ、ウサギ、オオカミ、ハイエナ、サイの骨などが発掘されている。

ローネ渓谷のホーレンシュタイン=シュターデル洞窟では主に42,000~35,000年前の遺物が発掘されており、ムスティエ文化やマドレーヌ文化の出土品も発見されている。内部はベーレン洞窟とシュターデル洞窟に分かれており、前者は約90m、後者は約70mの長さを誇る。ベーレン洞窟は「クマ洞窟」という意味で、名前の通りホラアナグマの骨が大量に見つかっているほか、さまざまな動物の骨が出土している。シュターデル洞窟ではマンモスの象牙で作った「ライオンマン」が発見されている。顔はライオンで身体は人間という身長31cmの半人半獣像で、他の洞窟でも見られることから神話や宗教上の存在と考えられている。数多くの動物の骨が出土しているほか、約12万年前のネアンデルタール人の大腿骨が発見されている。

ローネ渓谷のボクシュタイン洞窟は全長16mの洞窟で、主に36,000~34,000年前の遺物が出土している。象牙のペンダントや大型の石斧などが発見されている。

■構成資産

○アッハ渓谷

○ローネ渓谷

■顕著な普遍的価値

本遺産は登録基準(i)「人類の創造的傑作」でも推薦されていたが、ICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)は、発見された彫刻や楽器が傑作であっても個々の遺物は世界遺産の対象ではなく、洞窟は人類の創造的傑作とはいえず、また宗教的・精神的行為の起源と洞窟の関係についても十分検証されていないとして価値を認めなかった。

○登録基準(iii)=文化・文明の稀有な証拠

「シュヴァーベン・ジュラの洞窟群と氷河期の芸術」はヨーロッパに定着した最初の現生人類の文化の卓越した証拠を提示しており、特に彫刻の置物や装飾品・楽器などの遺物は彼らの文化の際立った側面を示している。これらは世界でもっとも古い美術品のひとつであり、骨笛については世界最古の楽器である。

■完全性

資産にはオーリニャック文化の時代の貴重な堆積層を持つ6洞がすべて含まれており、その中には形象美術作品や楽器が出土し、すぐれた景観を持つ4洞が含まれている。資産には顕著な普遍的価値を表現するために必要な要素がすべて含まれており、法的に保護されている。洞窟だけでなく洞窟を成立させている環境も考慮されており、石灰岩の崖や谷、隣接する高地など、アッハ渓谷とローネ渓谷の地形や植生を含む形で地域としてふたつの構成資産が登録されている。

■真正性

資産の真正性は、発掘されるまで考古学的遺物が残る堆積層を保護する役割を果たしている洞窟内の地層と、洞窟を含む周囲の地形によって支えられている。これらの遺跡では1世紀以上にわたって体系的な考古学的調査が行われており、現在も文書化が進められている。こうした発掘調査によって得られた考古学的証拠が資産の真正性を裏付けている。いくつかの洞窟には未発掘の堆積層が残っているほか、資産内には6洞以外に未調査の洞窟も存在し、将来の研究が期待されている。

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