ボイ渓谷のカタルーニャ風ロマネスク様式教会群

Catalan Romanesque Churches of the Vall de Boí

  • スペイン
  • 登録年:2000年登録
  • 登録基準:文化遺産(ii)(iv)
  • 資産面積:7.98ha
  • バッファー・ゾーン:3,562ha
世界遺産「ボイ渓谷のカタルーニャ風ロマネスク様式教会群」、バルエラのサント・フェリウ教会
世界遺産「ボイ渓谷のカタルーニャ風ロマネスク様式教会群」、バルエラのサント・フェリウ教会。半円形の出っ張りがアプス
世界遺産「ボイ渓谷のカタルーニャ風ロマネスク様式教会群」、ドゥロのサント・キルク礼拝堂
世界遺産「ボイ渓谷のカタルーニャ風ロマネスク様式教会群」、ドゥロのサント・キルク礼拝堂。石垣で屋根は木造・石葺き、右がアプス
世界遺産「ボイ渓谷のカタルーニャ風ロマネスク様式教会群」、ボイのサント・ホアン教会
世界遺産「ボイ渓谷のカタルーニャ風ロマネスク様式教会群」、ボイのサント・ホアン教会。鐘楼の各層やアプスに見られる小さなアーチが並んだ装飾はロンバルディア帯と呼ばれる
世界遺産「ボイ渓谷のカタルーニャ風ロマネスク様式教会群」、タウルのサント・クリメント教会
世界遺産「ボイ渓谷のカタルーニャ風ロマネスク様式教会群」、タウルのサント・クリメント教会。鐘楼は土台を含めて7層を誇る (C) Angela Llop
世界遺産「ボイ渓谷のカタルーニャ風ロマネスク様式教会群」、タウルのサント・クリメント教会、アプス上部の曲面に描かれたフレスコ画(復元)
世界遺産「ボイ渓谷のカタルーニャ風ロマネスク様式教会群」、タウルのサント・クリメント教会、アプス上部の曲面に描かれたフレスコ画(復元)

■世界遺産概要

スペイン-フランス国境にそびえるピレネー山脈に横たわるカタルーニャ州のボイ渓谷。村々は孤立した山岳環境にありながら11~12世紀頃に築かれた独特の初期ロマネスク様式の教会堂が伝えられており、周囲の美しい山川とともにすぐれた文化的景観を奏でている。世界遺産の構成資産には7村の9堂が登録されている。

○資産の歴史

ボイ渓谷は標高3,017mの南ベシベッリ山や3,009mの北ベシベッリ山、3,014mのプンタ・アルタ山といった峰が立ち並ぶピレネー山脈の尾根を見上げる深い渓谷で、標高1,000~1,500mほどの渓谷には雪融け水や地下水を水源とするノグエラ・デ・トール、バランク・デ・レメディアーノ、バランク・グロスといった美しい川が流れている。

ローマ時代にはフランスへ抜けるローマ街道が開通したが、それでも中世の時代、渓谷はほとんど隔絶されており、711年にイベリア半島を侵略したイスラム王朝ウマイヤ朝もこの辺りの谷に侵入することはなかった。周辺は征服されたものの8世紀中にカタルーニャはいち早く支配を脱し、ガリア(おおよそ現在のフランス・ドイツ西部・イタリア北部に当たる地域)を治めるフランク王国の下でスペイン辺境伯領が置かれた。9世紀にバルセロナ伯となり、987年にはカタルーニャ君主国としてフランク王国から独立。1137年にアラゴン王国と同君連合(同じ君主を掲げる連合国)が成立してアラゴン=カタルーニャ連合王国が形成された。

ボイ渓谷では9世紀頃にはじめてキリスト教のコミュニティが誕生し、以後は前述の国々の支配を経てアラゴン=カタルーニャ連合王国の下に入った。こうした国々の国境近くで、フランスへ抜ける要衝でもあることから渓谷には数々の城や砦が建設された。10世紀頃になると聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラ(世界遺産)を目指してフランスやイタリアからピレネー山脈を横断する巡礼者が増えはじめ、一帯もにぎわいを増した。渓谷では銀が採掘されたことから少ない人口の割に豊かになり、特に12世紀には大量の銀がもたらされた。11世紀頃から巡礼路にふさわしい教会堂の建設が進められていたが、12世紀に建設ラッシュを迎え、イタリアのロンバルディアなどから職人を呼び寄せて「ロンバルディア様式」と呼ばれる初期ロマネスク様式の教会堂の数々が建設された。イベリア半島にロマネスク様式が広がるのは13~15世紀で、ボイ渓谷はその先駆けとなった。

この地の初期ロマネスク様式の教会堂は一般的に長方形のバシリカ式で、単廊式(廊下を持たない様式)あるいは三廊式(身廊とふたつの側廊を持つ様式)で、1~3つの半円形のアプス(後陣)を持ち、中央のアプスを至聖所として主祭壇を置いた。切石や自然石・レンガを並べた精密な石垣がひとつの特徴で、天井は木造かアーチを連ねた筒型ヴォールト(筒を半分に割ったような形の連続アーチ)の石造天井で、木造・石葺き屋根が一般的だ。正方形の平面を持つ鐘楼も独特で、6~7層になるものもある。身廊や鐘楼の上部に見られる鋸歯(きょし。ノコギリの歯)状のアーチ装飾は「ロンバルディア帯(ロンバルド帯)」と呼ばれ、ロンバルディア様式のひとつの特徴となっている。教会堂の内部、特にアプスはしばしば色鮮やかなフレスコ画(生乾きの漆喰に顔料で描いた絵や模様)で彩られており、イエスやマリア・天使・使徒らが描かれている。

○資産の内容

「バルエラのサント・フェリウ教会」のバルエラはボイ渓谷が大きく広がる入口に位置し、サント・フェリウ教会はローマ街道とノグエラ・デ・トール川に挟まれた要衝に立っている。教会堂は11世紀の建設で、単廊式で筒型ヴォールト天井とアプスを持つが、もともとは三廊式だったようだ。西と南には16世紀に取り付けられた正方形・ゴシック様式のナルテックス(入口に設けられる拝廊)と翼廊(横に飛び出す袖廊)があり、礼拝堂として使用されている。南西にシンプルな鐘楼が隣接している。

「ボイのサント・ホアン教会」は渓谷名と同じ名前を持つボイ村の教会堂で、麓のエリル・ラ・ヴァル、中腹のボイ、丘上のタウルと3つ並ぶ村の中央に位置している。鐘楼からはお互いの村の鐘楼を確認することができ、防衛の点で戦略的な意味があった。教会堂は11世紀の建設で、三廊式で半円形のふたつのアプスと長方形のアプスを持ち、壁面には独特の味わいを持つフレスコ画が残されている。

「タウルのサンタ・マリア教会」のタウルはボイやエリル・ラ・ヴァルを見下ろす丘の上に位置している。サンタ・マリア教会はボイ渓谷の教会堂の典型といわれ、11世紀の建設と見られている。三廊それぞれにアプスを持つ三廊式かつ3アプス式で、中央のアプスではイエスを抱くマリアや使徒らの美しいフレスコ画(復元)が見られる。鐘楼は、石積みは粗いものの、サント・クリメント教会と並ぶ細くエレガントなシルエットを見せている。

「タウルのサント・クリメント教会」はボイ渓谷の最高傑作とされ、大きさも最大で保存状態もよい。1123年の奉献で、三廊式・3アプス式で、木造・石葺き屋根、外装にロンバルディア帯、中央アプス内にはイエスや天使・使徒を描いたフレスコ画(復元)と、ボイ渓谷様式の際立った特徴が網羅されている。特に美しいのが鐘楼で、土台+6階建ての7層構造で、窓は2葉または3葉、全体として細くて優美なスタイルを持つ。なお、サンタ・マリア教会やサント・クリメント教会のフレスコ画のオリジナルはバルセロナのカタルーニャ美術館が収蔵している。

「コルのサンタ・マリア・デ・ラスンプシオ教会(聖母被昇天教会)」はボイ渓谷の入口にあたるコルの村の南東外れに立つ教会堂で、12世紀後半の建設と見られる。単廊式でアプスを持つロマネスク建築だが、バラ窓や悪魔を象ったガーゴイル(雨樋)、クワイヤ(内陣の一部で聖職者や聖歌隊のためのスペース)のゴシック装飾など、ゴシック様式の意匠が加えられている。4階建ての鐘楼も同様だ。

「カルデトのサンタ・マリア教会」のカルデトは断崖の上に立つ村で、サンタ・マリア教会は斜面の端に立っている。単廊式でアプスを持ち、アプスにはクリプト(地下聖堂)が付属している。11世紀の建設で、12~13世紀、17~18世紀に改築されたようで、主祭壇はバロック様式となっている。

「ドゥロのナティヴィタット教会(聖誕教会)」のドゥロはボイ渓谷から南東に延びた丘の上の村で、標高は1,400m近い。教会堂は12世紀の建設で、単廊式の身廊には筒型ヴォールト天井が見られる。その後、多くの改修を受けており、主祭壇はバロック様式だ。北東に5階建ての鐘楼が隣接している。

「ドゥロのサント・キルク礼拝堂」は標高1,498mの丘にポツリと立つ単廊式のシンプルなエルミタ(庵)で、いずれも304年に殉教した聖キルクとその息子、聖ジュリエッタに捧げられている。

「エリル・ラ・ヴァルのサンタ・エウラリア教会」のエリル・ラ・ヴァルはボイ村の西、標高1,246mに位置する小さな村。12世紀建設のサンタ・エウラリア教会は単廊式で、クローバーの葉のような3葉のアプスを持つ。1907年に12~13世紀のものと見られる「エリル・ラ・ヴァルの十字架降架像」と呼ばれるロマネスク様式の見事な木像群が発見された。これらのオリジナルはカタルーニャ美術館やヴィク教区博物館に収蔵されているが、サンタ・エウラリア教会ではそのレプリカと、同様式のさまざまな木像が飾られている。北東には6階建ての鐘楼が隣接して立っている。

■構成資産

○バルエラのサント・フェリウ教会

○ボイのサント・ホアン教会

○タウルのサンタ・マリア教会

○タウルのサント・クリメント教会

○コルのサンタ・マリア・デ・ラスンプシオ教会(聖母被昇天教会)

○カルデトのサンタ・マリア教会

○ドゥロのナティヴィタット教会(聖誕教会)

○ドゥロのサント・キルク礼拝堂

○エリル・ラ・ヴァルのサンタ・エウラリア教会

■顕著な普遍的価値

本遺産は登録基準(i)「人類の創造的傑作」、(iii)「文化・文明の稀有な証拠」、(iv)「人類史的に重要な建造物や景観」で推薦されていたが、(ii)と(iv)での登録となった。

○登録基準(ii)=重要な文化交流の跡

ボイ渓谷の教会群に見られるロマネスク様式の芸術と建築は、中世ヨーロッパ、特にピレネー山脈を越えて交わされた文化交流を証明している。

○登録基準(iv)=人類史的に重要な建造物や景観

ボイ渓谷の教会群はほとんど隔絶された環境の中でほぼ手付かずで伝えられており、ロマネスク美術の中でも特に純粋で一貫した例である。

■完全性

本遺産は9件の構成資産からなるが、全体はバッファー・ゾーンで接続されており、一貫した資産群である。教会堂や鐘楼の建築や彫刻・壁面装飾・平面プラン・石積みなど、イタリア・ロンバルディアの影響を受けた顕著な普遍的価値を有する要素はすべて構成資産に含まれている。

多くの教会堂は20世紀後半に大規模な修復を受けたが、近年は完全性に影響を与えないように継続的なメンテナンスが計画的に行われており、適切に保全されている。主要なフレスコ画や木像といった美術品は略奪されたり売り払われたりしないように安全上の理由から20世紀はじめにバルセロナのカタルーニャ美術館に移された。

構成資産はいまなおそれぞれ建築様式・構造・素材・宗教的機能を保持している。タウルのサント・クリメント教会についてはオリジナルの特徴がすべて保存されており、宗教だけでなく観光・文化の目的でも使用されている。いまのところ悪影響は見られないが、観光が過度に進んだ場合は問題となる可能性がある。

■真正性

教会や村・周辺の景観について、基本的に真正性には疑問の余地はない。構成資産のすべての教会堂は多かれ少なかれ近年の変化にさらされているが、フレスコ画や木像などがバルセロナのカタルーニャ美術館に移されたことを除いては、真正性を大きく毀損するほどの介入は行われていない。1920年代のフレスコ画等の移送は驚くべき成果だが、作品が本来見られるべき文脈から外れており、その文脈は現在、最高の栄光を欠いているという事実を否定することはできない。このことは教会側の主張を損なうものではないが、その真正性をある程度低下させているといえなくもない。もちろん、美術館にあるフレスコ画を世界遺産リストに登録することはできない。

宗教的・文化的な目的での使用を強化するために、近年ほとんどの構成資産で屋根や構造・鐘楼・内装等の修復が行われており、建築的・装飾的特徴の真正性がより際立っている。

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