シェーヌ・デ・ピュイはフランス中南部オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地域圏のピュイ=ド=ドーム県に位置しており、巨大な山塊である中央高地 (マッシフ・サントラル)の最北にして最古の火山地帯として知られている。地球史上の大地形である安定陸塊・古期造山帯・新規造山帯という3つの造山運動の影響で誕生した土地で、アルプス造山運動の影響で形成されたリマーニュ断層をはじめ、プレート・テクトニクス理論やプルーム・テクトニクス理論を証明する貴重な地形を数多く含んでいる。一帯には95,000~8,400年前に活動した約80もの単成火山(ほぼ1度限りの噴火で活動を終える火山)の火山列が見られ、円錐形のスコリア丘や円形にえぐれたマール、溶岩が覆い被さった溶岩ドーム(溶岩円頂丘)といったダイナミックな火山地形が景観を際立てている。
なお、フランス語の "Chaîne des Puys" の "Chaîne" は鎖・チェーン、"Puy" は丘陵や山頂を意味し、「丘が連なる場所」といった意味になる。世界遺産の英語名がフランス語を流用していることからそのまま「シェーヌ・デ・ピュイ」とした。
また、資産に隣接するクレルモン=フェランの町には世界遺産「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の構成資産のひとつであるクレルモン=フェランのノートル=ダム=デュ=ポール教会があるが、資産は重なっていない。
本遺産の地質形成の歴史は非常に古く、ヨーロッパの地形を完成させたさまざまな地質活動を反映している。
地表は十数枚のプレートで構成されるが、プレートはつねに動いており、地表の形は刻一刻と変化している。水に浮いた落ち葉がやがて1か所に集まるように、大陸も長い時間を経て超大陸へと発達する。そして超大陸では厚い岩盤によってマグマが出口を失い、マグマが溜まったスーパープルームの圧力によって引き裂かれて分裂する。大陸はこうした合体・分裂を繰り返している。
6億~4億年前、ローレンシア大陸、バルティカ大陸、アバロニア大陸が合体してユーラメリカ大陸が形成され、衝突部分に山脈が生まれた(カレドニア造山運動)。さらに4億~2億年前にユーラメリカ大陸とゴンドワナ大陸が衝突して地球上の大陸がまとまり、超大陸パンゲアが誕生した(ヴァリスカン造山運動/ヘルシニアン造山運動)。パンゲアは約2億年前に北のローラシア大陸と南のゴンドワナ大陸に分裂し、ローラシア大陸は新生代古第三紀(6,600万~2,300万年前)に北アメリカ大陸とユーラシア大陸に分裂した。
フランス北部を占めるフランス平原はこうした時代から一貫して大陸だった部分で、長年の侵食を経て平坦な平原となった。このように古生代(5億4,000万~2億5,000万年前)以前の先カンブリア時代に形成され、以降は造山運動の影響を受けず安定した地形を安定陸塊という。
一方、フランス中部から南部にかけて広がる中央高地は500×340kmほどの逆三角形をなす山塊で、主に古生代のカレドニア造山運動とヴァリスカン造山運動によって造成された古期造山帯の褶曲山脈(プレート同士の衝突によって波状に変型して生まれた山脈)だ。長年の侵食を受けて徐々に平坦化したが、中生代(2億5,000万〜6,600万年前)にパンゲアが分裂する過程で沈降し、多くが海中に没した。海底となった中央高地に生物の死骸や火山灰が堆積して石灰岩やドロマイト(苦灰岩)の層を造り、なだらかな堆積盆地となった。
中生代後半から新生代(6,600万年前~現在)にかけてユーラシア・プレートがアフリカ・プレートに衝突して沈み込むと、4,000万~2,000万年前に隆起してアルプス山脈をはじめとする新期造山帯を生み出した(アルプス造山運動)。その境となったのがヨーロッパ新生代リフト系で、アルプス山脈の西から北にかけて1,000kmを超えるラインに沿って多くの断層が走り、凹部の地溝(グラベン)と凸部の地塁(ホルスト)を造成した。
その一例がリマーニュ断層だ。まだ海中にあった新生代古第三紀始新世(5,600万~3,400万年前)後期に断裂がはじまり、漸新世(3,400万~2,300万年前)後期まで裂け目は拡大を続け、全長約30km・深さ3km弱に達するリマーニュ地溝(当時は海溝)が誕生した。やがて内部は新生代の堆積物で埋め立てられ、隆起してリマーニュ湖となり、クレルモン=フェランをはじめとする町々のある現在のリマーニュ平原に発達した。リマーニュ地溝を象徴する山地がモンターニュ・ド・ラ・セール(セール山)だ。400万~300万年前の噴火でできた山地で、溶岩がリマーニュの断層と堆積層にまたがって流出した。その後、この土地は隆起したが、剥き出しの堆積岩層が侵食によって掘り下げられた一方、溶岩に覆われた堆積岩層と古生代の岩盤はほとんど侵食を受けなかった。この結果、山腹に新生代の地層と古生代の地層が並ぶことになり、地表の新生代の堆積岩層から古生代の地層を見上げる逆転地形が表出した(ただし、古い地層が新しい地層に乗り上げているわけではないため逆断層ではない)。
中央高地はプレート境界に位置するため火山活動も活発で、マグマが断層を通り抜けて上昇し、多くの火山が噴火した。1,100万~300万年前に活動を行ったモン・デュ・カンタル(カンタル山地)、800万~300万年前のモン・デュ・セザリエ(セザリエ山地)、250万~20万年前のモン・ドール(ドール山地)といった火山地帯が一例で、位置を変えながらいくつもの山地を形成して噴火を繰り返した(年代は諸説あり)。
シェーヌ・デ・ピュイはこうした火山地帯のひとつで、中央高地でもっとも北に位置し、もっとも新しいものとなる。活動を行っていたのは95,000~8,400年前で、南北に細長い全長32km・幅4kmの範囲に約80もの単成火山が噴火した。「ピュイ」が丘を示すように、一帯には数多くの円形の小高い丘が並ぶ火山列が見られる。もっとも多いのがスコリア丘で、火口の周辺にスコリアと呼ばれる黒く多孔質な岩片が円錐形に堆積して丘を形成している。ストロンボリ式噴火によって築かれる地形で、溶岩の粘性が低く、つねに溶岩やガスを噴出して圧力を溜めることがないため、爆発的な噴火をすることなく円錐形の均整の取れた丘が造られた。一方、溶岩ドームは主にペレ式噴火で形成されたもので、粘性の高い溶岩が徐々に噴出することで火口を覆うように造成された。マールは溶岩が帯水層に触れることでマグマ水蒸気爆発を起こし、大地が円形にえぐられて凹地ができると同時に、外縁部に火山砕屑物が堆積して丘をなしている。火山はいずれも単成火山で火口が移動したため、ひとつの巨大な山体が造られることはなかった。例外的な火山がピュイ・ド・ドームで、11,000年前にペレ式噴火で形成された溶岩ドームは高さ550m・幅1kmに達し、標高1,464mとシェーヌ・デ・ピュイ最高峰を誇る。
そして現在に至る風雨や河川の侵食と緑がシェーヌ・デ・ピュイの美しい景観を作り上げた。
資産は北のヴォルヴィックからクレルモン=フェランの西を抜けて南のシャノナまで、おおよそ32×22kmほどのエリアで、オーヴェルニュ火山地域自然公園の北部の一部が資産となっている。なお、ヴォルヴィックはナチュラル・ミネラルウオーター「ボルヴィック」で知られる町で、資産北部の地下水が水源となっている。
資産を代表する3大地形が、古生代のヴァリスカン造山運動によって形成された岩盤、中生代から新生代に誕生した断層および地溝、そして新生代の火山列だ。
ヴァリスカン造山運動によって形成された岩盤は地中深くでマグマが固まった深成岩の花崗岩や閃緑岩・斑れい岩を主としており、熱で組成を変えた変成岩が混在している。硬い岩盤であるため侵食は緩やかだが、2億年にわたることから比較的滑らかな地形となっている。一部ではこの上に中生代の石灰岩・ドロマイト層が堆積しているが、中央高地南部などと比較して量は少ない。岩盤は断層や山地で露出しており、特に西のシェール川沿いや、東のリマーニュ平原の西端に伸びるリマーニュ断層沿いで見られる。特筆すべき地形がモンターニュ・ド・ラ・セールで、新生代の堆積岩層の上にまで古生代の深成岩・変成岩層が張り出す逆転地形で知られる。
中生代から新生代に誕生した断層および地溝の代表はリマーニュ断層とリマーニュ地溝で、リマーニュ地溝の南にモンブリゾン地溝が横断している。リマーニュ地溝は全長約30km・深さ3km弱に達し、内部は主に新生代古第三紀漸新世の時代に堆積した砂岩や石灰岩が層をなしている。特徴的なのが生物起源の岩石であるストロマトライトだ。光合成を行うシアノバクテリア(藍藻)が浅瀬で死骸や土砂などを層状に吸着させたカリフラワーのような形状の堆積岩で、リマーニュ地溝では長さ・厚さともに数mまで成長した。当時の環境を閉じ込めていることからさまざまな研究に利用されている。
新生代の火山列では全長32km・幅4kmの範囲に約80のスコリア丘や溶岩ドーム、マールが並んでいる。その半分はスコリア丘で、高さ平均100~200m、20~30度ほどの斜面を持つ丘で囲まれている。多くはおおよそ円錐形と中央のカルデラ(火山活動で生まれた凹地)を保っており、特に直径200m・深さ40mのピュイ・デ・グールや、直径300m・深さ95mのピュイ・パリウは均整の取れた円錐形で知られる。ピュイ・パリウはスコリア丘の周りに直径750mのマールの丘が取り囲んでおり、二重構造となっている。ただ、多くのスコリア丘は溶岩流や侵食などで一方が崩壊した半月あるいは三日月形で、30度を超える角度を持つピュイ・ド・ラ・ヴァシュや隣のピュイ・ド・ラソラ、馬蹄形のピュイ・ド・ルシャディエールのような例が多い。ピュイ・ド・グラーヴ・ノワールの場合は全長5kmにわたって堆積物が崩落している。ピュイ・ド・ラ・ヴァシュとピュイ・ド・ラソラは約8,400年前に活動を終えたもっとも若い火山で、近郊のアイダ湖やカシエール湖はこれらの噴火によってヴェイレ川が堰き止められて誕生した。また、ピュイ・ド・フレースやピュイ・ド・ラ・コンブグラスのようにほとんど原形を留めていない例もある。中には複数の火口を持つピュイ・ド・バルムやピュイ・ド・モンシエ、ピュイ・ド・コムのような例もあり、特にピュイ・ド・コムは一帯でも最大規模の溶岩を噴出した。
溶岩ドームはシェーヌ・デ・ピュイの中央部に多く、15,000~9,200年前に噴火した新しい火山に集中している。圧倒的な存在感を誇る溶岩ドームがピュイ・ド・ドームで、高さ550m・幅1kmに及び、標高1,464mの山頂からはシェーヌ・デ・ピュイを見下ろし、アルプスの山々を眺めることができる。グラン・サルクイはきわめて粘性の高いトラカイト(粗面岩)質のマグマが固まった溶岩ドームで、直径900m・高さ250mで60度の急勾配を持ち、その形から「逆さ大釜」と呼ばれている。同様にトラカイト質を特徴とする溶岩ドームがプティ・スーシェ(ピュイ・ド・ローモン)だ。ピュイ・ショピーヌは直径500mのドームが縦に160mも突出した塔状の溶岩ドームで、三日月形のスコリア丘であるピュイ・デ・グートから突き出している。また、キリアンとヴァッセのクレーターは溶岩ドームが爆発してできた地形だ。
加えて一帯には約10のマールがある。ピュイ・ボニはアンベーヌ川と接触することで起きたと見られるマグマ水蒸気爆発によって直径約1kmの三日月形のマールを生み出した。その後、マールに水が貯まって湖ができたが、その上でピュイ・ゴナールが噴火し、さらに南のピュイ・デュ・ティオレの溶岩や土砂が流れ込んで埋め立てられ、現在は森となっている。ピュイ・ド・ラ・ヌジェールは深さ約82mのマールだが、その後にスコリア丘が形成されて複合地形となった。同様のケースは多く、ピュイ・ド・シャラール、ピュイ・ド・ヴィシャテル、ピュイ・ド・シャルモン、ピュイ・ド・ラ・ロッド、ピュイ・ド・モンテナールなどが挙げられる。エスピナス湿地やアンポワ湿地はマールが埋め立てられた泥炭湿地で、最終氷期から生息する希少な植物種が生息していることで知られる。ピュイ・ド・レンフェールはエスピナス湿地とほぼ同時に噴火し、両者で大規模なマールを形成した。
プレート・テクトニクス理論によって明らかにされた大陸移動の概念は現在の海洋と大陸の形成やそれらの過去と未来の動きといった地球史を解明するうえで不可欠なパラダイムである。そして資産はプレート・テクトニクスの5つの主要素のひとつである大陸の断裂・隆起の現象を際立った形で例示している。本遺産では大陸の断裂のすべての代表的なプロセスを同時に見ることができ、それらの本質的なつながりが明確化されている。資産の地質学的な組成やその特徴的な配置は地球規模のプロセスと景観に対する大小の影響を明確に示している。こうした集中具合は完全性・密度・表現といった点で世界的な重要性を示しており、18世紀以降の古典的な地質学の研究過程においてこの場所の傑出性が証明されている。
その規模ゆえに大陸の断裂は全長数千kmに及ぶリフト系を形成するが、もっとも印象的で保存状態のよい部分は比較的近接した場所に集中しており、資産はそのプロセスを完全に表現するために必要な要素をすべて含んでいる。
資産は断層のもっとも重要な部分を内包しており、安定陸塊の岩盤とその隣の幅の広い地溝との間に明白な境界線を形成している。また、一帯には比較的侵食の影響を受けていない若い火山帯が含まれており、隆起域における典型的かつ完全なマグマのスペクトルを示している。さらに、モンターニュ・ド・ラ・セールの長大な溶岩流は初期の火山活動で形成されたもので、地溝と堆積盆地にまたがっている点を特徴とする。このような逆転地形は広範囲にわたる隆起を示すものである。
資産の地質学的特徴を示す景観は保護措置に関して長い歴史を有している。隣接するリマーニュ平原に多くの人口が集中している一方で、資産の人口密度は低く、資産を構成する地質学的特徴は基本的に手付かずで保たれている。都市化からも保護されており、影響は表面的で構造に影響を与えておらず、過去の採石活動の影響も資産のごく一部に限られている。全体として人間の影響は限定的であり、登録基準(viii)に関する資産の完全性について本遺産の地質学的価値は損なわれていない。