ビャウォヴィエジャの森はベラルーシとポーランドの国境をまたいで広がる森林地帯で、気候的に冷帯に属しながら、黒海周辺の温帯とバルト海周辺の寒帯の移行域にあることから針葉樹林と広葉樹林が共に広がる原生の混交林を特徴としている。森林だけでなく草原や湿原・湿地・湖沼も多く、気候や地形の多彩性が豊かな生物多様性を育んでいる。オオカミ、オオヤマネコ、カワウソといった大型哺乳動物も数多く、一帯を象徴するヨーロッパバイソンについては最大の生息地となっている。ヨーロッパバイソンは1919年に最後の個体が密猟されてこの地域では絶滅したが、1952年に再導入されて回復し、全個体数の25%に当たる約900頭まで増えている。
本遺産はまず1979年にポーランドの「ビャウォヴィエジャ国立公園 "Bialowieza National Park"」として世界遺産リストに登載された。そして1992年にベラルーシ側に拡大されて名称が「ベラヴェシュスカヤ・プーシャ/ビャウォヴィエジャの森 "Belovezhskaya Pushcha / Bialowieza Forest"」に変更された(ただし、ベラヴェシュスカヤ・プーシャも意味は同じ)。さらに、2014年に両国の資産、特にポーランド側が大幅に拡大され、現在の名称となった。登録基準も2度変更されているが、「■顕著な普遍的価値」で後述する。
ビャウォヴィエジャの森は最終氷期(7万~1万年前)のピークには多くが氷河に覆われていた。その証拠として、土中には氷河によって削られた土や石が集まったモレーンが層をなしている。最終氷期末に氷河が溶けて森林の形成がはじまり、以来約12,000年にわたって原生林がありつづけている。かつてこうした原生林は中央ヨーロッパに広く見られたが、現在は森林伐採などによってほとんど消滅してしまった。
中世から近世にかけて、この地域の都市は大河の周辺にポツリポツリと発達し、森が開拓されることはなかった。15世紀に森はポーランド=リトアニア連合王国ヤギェウォ朝のリトアニア大公・ポーランド王ヴワディスワフ2世の所領となり、王は狩猟館を建設した。「ビャウォヴィエジャ」は「白い塔」を意味し、一説ではこの狩猟館に由来するという。その孫に当たるジグムント1世は1540年代に狩猟地として保護を進め、ヨーロッパバイソンの密猟者を死刑に処す法律を制定した。バイソンはアルタミラ(世界遺産)やショーヴェ(世界遺産)、ラスコー(世界遺産)といった洞窟壁画に盛んに描かれているように古代から崇敬の対象で、中世でも狩りの最大の標的として敬意が払われていた。ヴワディスワフ4世は1639年に森の法令を発布し、農奴を解放して森林の保護に当たらせた。
18世紀のポーランド分割でロシア帝国領になると、保護制度は廃止されて農業や林業のために開拓された。この時代にヨーロッパバイソンは半減したといわれる。19世紀にロシア皇帝アレクサンドル1世やアレクサンドル2世が保護区化を進め、ヨーロッパバイソンを保護するためにオオカミやヒグマ、オオヤマネコといった捕食者の駆除を行った。やがて原生林はすべて皇室狩猟区となり、保護下に置かれた。
第1次世界大戦(1914~18年)中にドイツ帝国がこの地を支配すると、林業や資源開発のために森林伐採を進め、密猟を行った。この時代に数千頭のシカやイノシシが狩られ、1919年までにダマジカとヨーロッパバイソンがこの地から姿を消した。
戦後、森がポーランド領に戻ると、保護区化と同時にヨーロッパバイソンの再導入計画が進められた。1929年にスウェーデンの動物園から2頭のメス、ドイツの動物園から1頭のオスを輸入すると、繁殖と野生化を目指して飼育を開始した。1932年にはポーランド側でビャウォヴィエジャ国立公園が成立し、1939年にはソ連側でも保護区化が進められた。
1952年に2頭のヨーロッパバイソンが森に放たれると、2年後には16頭の群れが確認された。その後、ヨーロッパ最大の生息地にまで回復し、全個体数の25%、野生の個体数の30%に当たる約900頭が生息している。
1991年にソ連からベラルーシが独立すると、ベラヴェシュスカヤ・プーシャ国立公園が成立した。
ビャウォヴィエジャの森は、ベラルーシ側はベラヴェシュスカヤ・プーシャ国立公園、ポーランド側はビャウォヴィエジャ国立公園として保護されている。また、ポーランド側は1976年に「ビャウォヴィエジャ」、ベラルーシ側は1993年に「ビャウォヴィエジャの森」としてUNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)の生物圏保存地域(ユネスコエコパーク)に指定されている。さらに、2015年にはベラヴェシュスカヤ・プーシャ国立公園のディコエ・フェン・ミールがラムサール条約(特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約)登録湿地となった。
一帯は標高134~202mという低地に広がっており、気候的には冷帯に属し、夏に雨が多い大陸性気候だが、黒海周辺の温帯とバルト海周辺の寒帯の移行域にあり、海洋性気候の影響も受けている。夏の平均最高気温は24度・平均最低気温は13度、冬は0度と-5度ほどで東京より5~10度ほど低い。雨は夏に多く、年間降水量は600mm程度で、東京の1,500mm程度の半分以下となっている。
こうした気候を反映して常緑針葉樹と落葉広葉樹のいずれも見られ、針葉樹林と広葉樹林が混在する混交林となっている。主な樹種は広葉樹のオーク(ヨーロッパナラやフユナラ等)、シナノキ(フユボダイジュ等)、シデ(セイヨウシデ等)で、針葉樹ではトウヒ(オウシュウトウヒ等)が支配的だ。西ヨーロッパの森林で象徴的なヨーロッパブナやセイヨウカジカエデは見られず、ひとつの特徴となっている。これらに続いて湿地の近くではシラカバやハンノキの森なども見られる。多数の巨木・古木が点在しており、ヤギェウォ朝のヴワディスワフ2世がその下で休んだというヤギェウォ・オーク(現在は倒木)や、樹齢550年超のパトリアーク・オーク、高さ38mを誇るニエツナノヴォ王オークなど、名前の付いた木々も存在する。生きている森林が植物・動物を問わず多様な種を育んでいるだけでなく、立枯木や倒木が昆虫をはじめとする無脊椎動物やキノコなどの菌類・地衣類・コケ類の多様性に大きな影響を与えている。
非森林生態系も豊富で、草原や湿原・湿地・湖沼・河川などが見られる。象徴的なのがベラルーシ側の北東部に広がり、ラムサール条約登録湿地でもある「ディコエ」と呼ばれる湿原で、スゲで覆われた広大な泥炭地が広がっている。水が豊富で日当たりのよい非森林生態系はアシ(葦/ヨシ)やシダ植物・地衣類・コケ類・藻類や、哺乳類・鳥類・魚類・昆虫などにとってきわめて重要で、森林生態系にも多大な影響を与えており、生物多様性に大きく貢献している。
植物相について、維管束植物(維管束を持つシダ植物や種子植物)1,060種以上、地衣類400種以上、コケ類300種以上が確認されている。菌類がきわめて豊富で、10,000haの範囲に1,600種以上の大型菌種が集中しており、多くの絶滅危惧種を含んでいる。
動物相について、哺乳類は59種が生息しており、大型哺乳動物としてヨーロッパバイソンやオオカミ、ヒグマ、オオヤマネコ、ノロジカ、アカシカ、ヘラジカ、イノシシ、小型のものではカワウソ、イタチ、テン、トガリネズミ、ハタネズミ、ヤマネなどが挙げられる。ヨーロッパバイソンは1919年にこの地域では絶滅したが、1952年に再導入され、現在はヨーロッパ最大の生息地にまで回復した。
鳥類は254種が確認されており、170~180種がこの森で繁殖している。代表的な種としてオオアカゲラ、ミユビゲラ、チュウヒワシ、ヒメクマタカ、アシナガワシ、スズメフクロウ、カラフトフクロウ、ワシミミズク、湿地のハシボソヨシキリなどが挙げられ、特に猛禽類(ムシクイ)、フクロウ(8種)、キツツキ(9種)、ムシクイ(23種)の種が多い。
爬虫類はヨーロッパヌマガメ、ヨーロッパヤマカガシ、ヒメアシナシカ、コモチカナヘビなど7種がおり、両生類は13種、魚類は31種が確認されている。
昆虫をはじめとする無脊椎動物については12,000種超が記録されているが、未知の種が相当数生息していると見られ、20,000種に達する可能性も指摘されている。特にカブトムシやチョウ、トンボ、カゲロウの種と個体数が多い。
本遺産は1979年に登載された際、登録基準は(ix)「生態学的・生物学的に重要な生態系」と(x)「生物多様性に富み絶滅危惧種を有する地域」が承認された(当時の自然遺産登録基準(ii)と(iv))。1992年の重大な変更で登録基準(vii)「類まれな自然美」(当時の自然遺産基準(iii))に変更され、さらに2014年の重大な変更で登録基準(ix)(x)に戻された。
ビャウォヴィエジャの森は中央ヨーロッパの混合林の陸域におけるエコリージョンを代表する多様な森林生態系と、湿性草地・河谷・湿地といった関連する種々の非森林生息地を保護している。この地域は広範な原生林を含む際立って高い自然保護価値を有している。この広大で不可欠な森林地帯は大型哺乳動物や大型肉食動物(オオカミ、オオヤマネコ、カワウソ)が継続的に生存可能な個体数を維持する完全な食物網を支えている。そして立枯木や倒木が豊富であるため、結果的に菌類や朽木性無脊椎動物の多様性を高めている。また、ほとんど手付かずの森林生態系に対する長期にわたる研究の伝統と新種の記載を含む多数の出版物も資産の価値に大きく貢献している。
ビャウォヴィエジャの森は特にその規模・保護状況・おおよそ手付かずの自然環境によって生物多様性の保全にとってかけがえのない地域である。資産はこの地の象徴的な種である野生のヨーロッパバイソンの最大の生息地である。生物多様性の保全価値はこれに留まらず広範囲に及んでおり、59種の哺乳類、250種以上の鳥類、13種の両生類、7種の爬虫類、12,000種以上の無脊椎動物を含んでいる。植物相は多様で地域的に重要であり、資産は菌類の保護についても注目に値する。また、いくつかの新種が報告されており、多くの絶滅危惧種も記録されている。
資産はこの地の森林生態系の全域をさまざまな保護指定によって保護された大規模かつ一貫したエリアであり、大型哺乳動物の生息地である。広大で手付かずのエリアが存在していることは保護すべき自然的価値にとってきわめて重要である。資産を代表する生態系の一部(湿性草地・湿地・河川回廊)は水流の減少や農業的手法の不備(干し草刈り)といった理由で積極的な管理による維持が必要となっている。両国が提案したバッファー・ゾーンは範囲外からの脅威から資産の完全性を効果的に保護するために十分であると思われる。資産内の障壁や周囲の農業景観内での相対的な孤立状況からいくつかの接続性の課題があり、継続的な管理と監視が必要である。