ウルネスの木造教会

Urnes Stave Church

  • ノルウェー
  • 登録年:1979年
  • 登録基準:文化遺産(i)(ii)(iii)
  • 資産面積:0.21ha
世界遺産「ウルネスの木造教会」、スターヴヒルケとルストラフィヨルド
世界遺産「ウルネスの木造教会」、スターヴヒルケとルストラフィヨルド (C) Micha L. Rieser
世界遺産「ウルネスの木造教会」、スターヴヒルケとルストラフィヨルド
世界遺産「ウルネスの木造教会」、スターヴヒルケとルストラフィヨルド
世界遺産「ウルネスの木造教会」、スターヴヒルケの壁には縦板が並んでおり、屋根は木片を並べた杮葺きであることがわかる
世界遺産「ウルネスの木造教会」、スターヴヒルケの壁には縦板が並んでおり、屋根は木片を並べた杮葺きであることがわかる
世界遺産「ウルネスの木造教会」、スターヴヒルケの身廊部、右は説教壇
世界遺産「ウルネスの木造教会」、スターヴヒルケの身廊部、右は説教壇。中央奥の仕切り=クワイヤ・スクリーンの奥が内陣 (C) Siri Uldal
世界遺産「ウルネスの木造教会」、ウルネス様式の装飾
世界遺産「ウルネスの木造教会」、ウルネス様式の装飾 (C) Eduardo

■世界遺産概要

ノルウェー南西部ヴェストラン県ルストラ郡オルネスに位置する教会堂。ヴァイキング時代の造船・木工・装飾技術を駆使した「スターヴヒルケ(スターヴ教会)」と呼ばれる独創的なスタイルの教会堂の現存最古にして最高傑作とされ、「スターヴヒルケの女王」と讃えられる。

○資産の歴史と内容

8~11世紀のヴァイキング時代、、スカンジナビア半島を拠点とするノルマン人はカシやマツで「ロングシップ」と呼ばれるヴァイキング船を造ってバルト海や北海・ケルト海はもちろん世界中に進出した。10世紀末にはレイフ・エリクソンがグリーンランドを発見し、さらに西へ漕ぎ出して大西洋横断に成功してコロンブスより5世紀も早くアメリカ大陸に到達している。こうしたヴァイキングの脅威に対してイングランドやフランク王国、神聖ローマ帝国といった西ヨーロッパの君主たちは北ヨーロッパへの宣教を進め、王位の就任などにキリスト教への改宗を条件付け、教会堂を築いて司教や司祭を送り込んだ。ノルウェーでは10世紀前半に血斧王エイリーク1世が改宗し、ノイングランド出身のハーコン善王が宣教に注力するなど、スカンジナビア半島南西部の沿岸を中心にキリスト教化を進めた。

10世紀後半にノルウェーを統治したオーラヴ1世は敬虔なキリスト教徒で、数々の教会堂を建設して宣教に努めた。続く「双叉髭王」スヴェン1世はノルウェー、デンマーク、イングランドの国王を兼ね、イングランドから司教や司祭を呼び寄せた。次のオーラヴ2世はスカンジナビア半島からデンマークを駆逐し、海岸沿いから内陸まで諸勢力を征服してノルウェーを統一した。そして全土に役人と司教・司祭を派遣して統治機構の整備とキリスト教の宣教を進めた。オーラヴ2世は戦死した日に日食が起こるなど数々の奇跡で知られ、聖オラフとして列聖(徳と聖性を認めて聖人の地位を与えること)されている。

11世紀に入ってヴァイキングの活動が沈静化し、代わりにその造船・木工技術を利用して木造教会堂=スターヴヒルケが盛んに建てられた。スターヴは「垂直の支柱」、ヒルケは「教会堂」を意味し、四隅に柱を立てて柱間に縦板を張って壁としたことからこの名が付いた。屋根は雪や雨のはけをよくするために傾斜が強く、魚の鱗のような杮板(こけらいた)を貼り合わせた杮葺き(こけらぶき)で、隅には魔除けとしてヴァイキング船の船首に取り付けられていた龍頭(たつがしら)が載せられた。平面プランは長方形のバシリカ(ローマ時代の集会所に起源を持つ長方形の教会堂)あるいは「†」のラテン十字形で、ロマネスク様式を模倣している。こうしたスターヴヒルケが1,300棟ほども建設されたが、現存しているのはわずか28棟にすぎない。そして現存最古といわれるのがウルネスのスターヴヒルケだ。

ノルウェー西部には約500kmにわたって200以上のフィヨルド(氷河が山をU字形に削ったU字谷に海水が流れ込んでできた氷河地形)が連なっているが、この中で最大を誇るのが「フィヨルドの王」と呼ばれる全長約205kmのソグネフィヨルドだ。ウルネスのスターヴヒルケはその支流であるルストラフィヨルドを一望する高さ120mの断崖の上にたたずんでいる。

建設は12世紀、1130年頃と考えられており、11世紀の建物から取られたと見られる木材や木製パネル、装飾品も存在する。西から身廊-クワイヤ(内陣の一部で聖職者や聖歌隊のためのスペース)-アプス(後陣)という3つ四角形の部屋を並べたバシリカ式の教会堂で、西の部屋ほど大きく高く造られている。身廊の西面の西ファサード(正面)にポルティコ(列柱廊玄関)があり、エントランスが設けられている。

3室でもっとも大きいのが西の身廊で、四隅の柱の間に縦板を並べた典型的なスターヴヒルケで、その内側に同心形に円柱を並べて屋根を支えている。円柱は柱頭を持ち、その上に半円アーチを連ねているが、こうしたデザインはロマネスク様式の教会堂を模している。

クワイヤとアプスは内陣(神々あるいは聖職者のエリア。信者のエリアは外陣)で、クワイヤ・スクリーン(内陣と外陣を分ける聖障。ルード・スクリーン/チャンセル・スクリーン)で身廊と隔てられている。アプスの祭壇にはイエスや聖母マリア、使徒ヨハネらの木像や、彫刻が施された木製のカテドラ(司教座)、ブロンズ(青銅)の燭台、十字架に架けられたイエスの祭壇画、天蓋などが置かれている。これらの多くは宗教改革後、16~17世紀に備えられたものだ。

屋根は身廊-クワイヤ-アプスのそれぞれに架かっており、アプスは切妻屋根、身廊とクワイヤは寄棟屋根の上に切妻屋根が載る形で、身廊には八角形の鐘楼がそびえている。いずれの屋根も杮葺きで、木製の杮板が葺かれている。

装飾について、壁面や柱・柱頭にはツタを絡ませたような彫刻装飾がしばしば見られる。聖樹ユグドラシルとも、北欧神話のヘビとドラゴンの戦い、あるいはエデンの園のヘビ(魔王サタン)とブドウの木が絡み合ったものなどと考えられており、善悪の象徴、ひいては北欧神話の世界の終末ラグナロクやキリスト教における最終戦争ハルマゲドンを示しているともいわれる。これ以外に戦士やライオン、トナカイといった人間や動植物の彫刻やレリーフが見られるが、これらはヴァイキング時代のデザインを引き継いだもので、「ウルネス様式」と呼ばれてノルウェー各地で模倣された。

■構成資産

○ウルネスの木造教会

■顕著な普遍的価値

○登録基準(i)=人類の創造的傑作

ウルネスのスターヴヒルケは伝統的なスカンジナビアの木造建築の卓越した作品である。ケルト美術、ヴァイキングの伝統技術、ロマネスク様式の空間構成を集大成したものであり、ウルネス様式の彫刻装飾の高い品質はきわめて独創的な芸術的成果である。

○登録基準(ii)=重要な文化交流の跡

スターヴヒルケは中世の西ヨーロッパ文化圏に広がった高度に発達した木造建築の伝統を代表するものである。ウルネスのスターヴヒルケはノルウェーのスターヴヒルケの中でもっとも古いもののひとつであり、職人技の際立った例である。また、技術的な変遷も明確で、伝統技術の発展の理解に寄与している。

○登録基準(iii)=文化・文明の稀有な証拠

ウルネスのスターヴヒルケは歴史ある木造建築であり、1世紀ほど前に開発されたスターヴヒルケに由来する装飾的・構造的要素を大幅に再利用している点で傑出している。また、ウルネスのスターヴヒルケはロマネスク様式の石造りの建築言語を木材で代弁した卓越した作品である。

■完全性

世界遺産の資産として、石垣に囲まれた墓地を含むスターヴヒルケのエリア全体が登録されている。スターヴヒルケの建物と教会堂を構成するすべての要素が維持されており、資産の完全性は十分満たされている。教会堂と墓地は現在も使用され、礼拝に必要な要素がすべて整っており、それらの多くは中世に起源を持つ歴史あるものである。また、スターヴヒルケの技術的特徴に関するすべてを備えているだけでなく、より古い歴史を持つ素材が再利用されており、そうした点でも歴史的価値が高い。地面を掘って柱を立てた掘立柱(ほったてばしら)建物の時代から、礎石の上に柱を置いた礎石(そせき)建物への移行期に当たる建物で、柱を中心とした柱梁構造の技術の完成を示している。教会堂の外壁は1,000年近く風雨にさらされてきたにもかかわらず驚くほどよい保存状態を保っている。

この教会堂の主要な脆弱性として、火災とオーバー・ツーリズムの危険性が挙げられる。また、降水量の増加など気候変動が木造建築に悪影響を及ぼす可能性があり、適切な対処が期待される。

■真正性

数世紀にわたって教会堂の建物を宗教的・実用的なニーズに適応させるために改修が行われてきた。こうした改修は明確に視認でき、それ自体が社会生活と宗教的慣習に関して本物であることの証となっている。たとえば内部に設置された16本の柱のうち2本は中世の時代に祭壇を設置するために切断され、後に撤去された。中世の調度品には、クワイヤの開口部上部に設置された木製の磔像(磔にされたイエス像)や、リモージュ磁器とブロンズ製のふたつの祭壇用燭台、スピンドル・ターニング(木工旋盤と呼ばれる機材で木材を固定・回転させて模様を刻む技術)で製作された椅子などがある。17世紀には建築と調度品にいくつかの変更が加えられ、祭壇画や説教壇、ギャラリー、ベンチ、閉鎖式の会衆席、クワイヤ・スクリーン、身廊の木製丸天井などが1700年頃に追加された。クワイヤは1600年頃に東側に拡張されたが、これもスターヴヒルケの技法で行われた。クワイヤの壁はキリスト教の使徒をはじめとする絵で飾られているが、いずれも1601年の日付が入っている。頂部に鐘楼として尖塔が取り付けられているが、石垣のすぐ外の丘が「ストープルハウゲン(時計の家)」と呼ばれており、もともと鐘楼の建物が別にあったことを示唆している。

ウルネスのスターヴヒルケは全体的に同一の価値観で統一された建築アンサンブルとして非常によい保存状態にある。17世紀(特に1601年と1700年頃)の補修や1906~10年の修復、2009~10年の基礎部分の改修などは適切に行われており、真正性は完全に維持されている。

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