ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミカエル教会

St Mary's Cathedral and St Michael's Church at Hildesheim

  • ドイツ
  • 登録年:1985年、2008年軽微な変更
  • 登録基準:文化遺産(i)(ii)(iii)
  • 資産面積:0.58ha
  • バッファー・ゾーン:157.68ha
世界遺産「ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミカエル教会」、アンドレアス教会の鐘楼から見下ろした聖マリア大聖堂
世界遺産「ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミカエル教会」、アンドレアス教会の鐘楼から見下ろした聖マリア大聖堂 (C) TGMChrist1
世界遺産「ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミカエル教会」、聖マリア大聖堂。右の大きな建物はウェストワークのナルテックス(拝廊)で、中央の塔はクロッシング塔
世界遺産「ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミカエル教会」、聖マリア大聖堂。右の大きな建物はウェストワークのナルテックス(拝廊)で、中央の塔はクロッシング塔 (C) Jutta77
世界遺産「ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミカエル教会」、聖ミカエル教会
世界遺産「ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミカエル教会」、聖ミカエル教会。左に見える四角形の塔がクロッシング塔、その左右がタレット、右にも同様の塔とタレットがある。右端に見える円柱形の建物が東アプス
世界遺産「ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミカエル教会」、聖ミカエル教会
世界遺産「ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミカエル教会」、聖ミカエル教会。左に見える四角形の塔がクロッシング塔、その左右がタレット、右にも同様の塔とタレットがある。右端に見える円柱形の建物が東アプス
世界遺産「ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミカエル教会」、聖ミカエル教会の身廊、上が聖ミカエルの木製天井、奥が内陣
世界遺産「ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミカエル教会」、聖ミカエル教会の身廊、上が聖ミカエルの木製天井、奥が内陣 (C) JayWay

■世界遺産概要

ドイツ・ザクセン地方ニーダーザクセン州南部の都市ヒルデスハイムに位置するふたつの教会堂を登録した世界遺産。聖マリア大聖堂は20世紀に再建されているもののオリジナルのまま残る9世紀のクリプト(地下聖堂)やいくつかの付属礼拝堂、千年バラなど貴重な構造や宝物の宝庫であり、11世紀前半に築かれた聖ミカエル教会は初期ロマネスク建築のもっとも重要な教会堂のひとつとされる。なお、世界遺産登録時にはバッファー・ゾーンが設けられていなかったが、2008年の軽微な変更で設定された。

○資産の歴史

聖マリア大聖堂に関する伝承によると、ザクセン公国時代の815年頃に前身となるバシリカ式(ローマ時代の集会所に起源を持つ長方形の様式)の聖マリア礼拝堂が建設されたという。司教座が置かれると872年に司教アルトフリットによって「†」形のラテン十字形・三廊式(身廊とふたつの側廊を持つ様式)の大聖堂が建設された。1046年に火事で深刻な被害を受けたため司教アゼリンが身廊を解体して新たな教会堂への建て替えを進めたものの、欠陥が発覚。次の司教ヘジロは設計を見直し、残っていた基礎や壁を利用してアルトフリット時代のレイアウトを重視して再建を行い、1061年に完成した。

これ以降、さまざまな改修・増築が行われたが、基本的にオットー・ルネサンスと呼ばれるザクセン朝期の芸術様式(建築としてはオットー・ロマネスク様式)を引き継ぎ、部分的な変更に留まった。大きな変更としては、1079年に教会堂の東のクロイスター(中庭を取り囲む回廊。ペリスタイルが発達したもの)にラウレンティウス礼拝堂、1321年には中庭にアン礼拝堂、15世紀に大聖堂の北翼にシュタインベルク礼拝堂が建設された。1150年には木造だったクロッシング塔(十字形の交差部に立つ塔)が石造に建て替えられ、後にバロック様式に改築された。また、聖マリア大聖堂は西ファサード(正面)に設けられたウェストワーク(ドイツ語でヴェストヴェルク。教会堂の顔となる西側の構造)を特徴とするが、ザクセン地方ではしばしば「ザクセン・ヴェストリーゲル」と呼ばれる教会堂よりも高い壁状の建造物が設けられた。聖マリア大聖堂のウェストワークはアルトフリット時代のものが引き継がれていたが、亀裂が見られたため1840年にロマネスク・リバイバル様式(ネオ・ロマネスク様式)で建て替えられ、バロック様式の双塔が取り付けられた。

第2次世界大戦末期、1944~45年にかけての連合国による空襲によって大聖堂の身廊西側とクリプト、ラウレンティウス礼拝堂、シュタインベルク礼拝堂、クロイスターなどを除いて多くが破壊された。再建は1950~60年にかけて進められたが完全な復元には至らず、特にバロック様式の改修部分については内装など多くが断念され、クロッシング塔のみが再建された。ウェストワークについては近隣の聖ゴーデハルト教会のものを参考にロマネスク・リバイバル様式で建て直され、バロック様式の双塔は再建されなかった。 

○資産の内容

聖マリア大聖堂はラテン十字形・三廊式の教会堂で、平面77×44m、クロッシング塔は高さ20m、ウェストワークは高さ41mを誇る。11世紀ロマネスク様式の教会堂が復元されているが、アプス(後陣)のモザイク画(石やガラス・貝殻・磁器・陶器などの小片を貼り合わせて描いた絵や模様)などを除いて内装は復元されておらず、非常にシンプルな空間となっている。ただ、身廊に吊されているヘジロ・シャンデリアと内陣のティエットマール・シャンデリアはそれぞれ11世紀に司教ヘジロ、司教ティエットマールが寄進した黄金のシャンデリアでオリジナルだ。また、『旧約聖書』や『新約聖書』の芸術的なレリーフが刻まれた青銅製の3作品、1015年に司教ベルンヴァルトが寄進したウェストワークのベルンヴァルト・ドア、同じくベルンヴァルトによるイエスの生涯を描いたキリストの柱、13世紀のブロンズ洗礼盤は大聖堂の至宝とされている。地下のクリプトはドイツ最古級のもので、一部は872年までさかのぼり、ゴーデハルト礼拝堂や聖母マリアの祭壇などを収めている。身廊のサイドに設けられたジョージ礼拝堂やバルバラ礼拝堂など数々の礼拝堂は再建されたものだが、北の翼廊のシュタインベルク礼拝堂は中世以来のものだ。

大聖堂の西に隣接した「コ」字形・2階建てのクロイスターは大聖堂とともに中庭を形成し、中央にゴシック様式のアン礼拝堂、南にラウレンティウス礼拝堂が立っている。中庭には「千年バラ」と呼ばれるバラがあり、伝説ではフランク王・ローマ皇帝ルートヴィヒ1世(ルイ1世/ルイ敬虔王)が815年に植えたものと伝えられており、事実であれば世界最古のバラとなる。1945年の空襲でバラは切り株を残して倒れたが、根は健在で、同年に25の新芽を出して2年後に返り咲いたという。バラが生きている限りヒルデスハイムの繁栄は終わらないと伝えられており、町の象徴となっている。

一方、聖ミカエル教会は10世紀末に司教に就任したベルンヴァルトが大聖堂の北500mほどの丘(聖ミカエルの丘)にベネディクト会の聖ミカエル修道院を建設し、大天使ミカエルに捧げる付属礼拝堂を築いたことにはじまる。ベルンヴァルトはより立派な教会堂にするため1010年に再建を開始したが、完成前の1022年に亡くなって建設中の教会堂のクリプトに埋葬された。一時建設は中断されたが司教ゴーデハルトによって完成され、1033年に奉献された。

16世紀前後の宗教改革を経てヒルデスハイムの人々は多くがプロテスタントに改宗した。聖マリア大聖堂はローマ・カトリックに留まったが、聖ミカエル教会は1542年にプロテスタントのルター派(ルーテル教会)の教区教会となった。ただ、1803年の世俗化による廃院までベネディクト会の管理下に置かれ、クリプトと聖ミカエル礼拝堂はローマ・カトリック教徒にも使用が認められた。1803年に聖ミカエル修道院は廃院となり、1809年に教会も閉鎖されたが、まもなく教会の活動は再開された。

聖ミカエル教会も1944~45年の空襲で被害を受け、身廊や翼廊が破壊された。しかし聖マリア大聖堂ほどの被害はなく、1947年から修復が開始されてほとんど元通りに復元され、1960年に再奉献された。

聖ミカエル教会は11世紀のオットー・ロマネスク様式を色濃く残しており、初期キリスト教建築のもっとも重要な教会堂のひとつとされる。平面74.75×40.01mで非常にユニークな平面プランを持ち、総主教十字のような「‡」形でふたつのトランセプト(ラテン十字形の短軸部分)を有し、通常東端のみにあるアプスやクワイヤ(内陣の一部で聖職者や聖歌隊のためのスペース)が西端にも設けられており、西アプスが東より大きく造られている。それぞれのトランセプトの中央には四角形のクロッシング塔が立ち、トランセプトの両端には八角形のタレット(壁から上に伸びる塔)がそびえている。合わせて2基のクロッシング塔と4基のタレットが対称に配されており、独特の調和を見せている。また、西アプス付近から旧修道院(現ホテル)へ回廊がL字形に伸びている。 

聖ミカエル教会の内部について、身廊の柱は四角柱と2本の円柱が交互に並んで特有のリズムを刻んでおり、赤と白のポリクロミア(縞模様)のアーチが全体を引き締めている。特筆すべきは13世紀に制作された聖ミカエルの木製天井で、1,300枚もオークの木片を組み合わせた27.6×8.7mのパネル画となっている。知識の木を手にするアダムとイブの堕落をはじめ、『旧約聖書』や『新約聖書』の物語や天使・使徒・聖人らがカラフルに描き出されている。中世の木製天井はヨーロッパでも非常に珍しく、スイス・ツィリスの聖マーティン教会とスウェーデン・ダデショーのアルテ教会と並ぶものとされるが、その大きさと品質は他の追随を許さない。西クワイヤにはヨハネの祭壇とレタブルム(祭壇飾壁)が収められており、イエスやマリア、使徒らの美しいレリーフが刻まれている。背後のシャンデリアは20世紀ドイツのガラス画家チャールズ・クロデルの作品だ。いまなおローマ・カトリックが管理するクリプトには創設者ベルンヴァルトの石棺が収められている。

■構成資産

○聖ミカエル教会

○聖マリア大聖堂

■顕著な普遍的価値

○登録基準(i)=人類の創造的傑作

聖ミカエル教会のベルンヴァルトによる青銅製の作品群と木製天井はきわめて独創的な芸術的成果を証明している。

○登録基準(ii)=重要な文化交流の跡

聖ミカエル教会は中世の建築文化の発展に多大な影響を与えた。

○登録基準(iii)=文化・文明の稀有な証拠

聖マリア大聖堂と聖ミカエル教会およびそれらの芸術的な宝物の数々は西ヨーロッパ・キリスト教文化におけるロマネスク様式について際立っており、その直接的・全体的な理解を可能にしている。

■完全性

ふたつの教会堂が高台に位置しているため周囲の建物による影響を受けにくく、都市における教会堂を含む景観、あるいは教会堂からの景観を大きく阻害することはない。中世の町のレイアウトが非常によく保存されており、資産の建設当時にあたる11~12世紀の構造を伝えて景観の維持に貢献している。

聖マリア大聖堂と聖ミカエル教会は顕著な普遍的価値を表現するために必要なすべての要素を含んでおり、資産のサイズも適切である。また、神聖ローマ帝国の建築と芸術の卓越した例としてその重要性を伝えるために必要なすべての機能と構造を備えている。

■真正性

聖ミカエル教会について、第2次世界大戦中の破壊により大規模な修復を受けたにもかかわらず大部分が無傷で残されており、重要な要素はすべて手付かずの状態で確認することができる。教会堂内部のハイライトは戦争中一時的に撤去されていた13世紀初頭制作の木製天井で、世界的にきわめて独創的な作品である。聖マリア大聖堂と聖ミカエル教会の内部の要素は多くが顕著な普遍的価値を維持しており、同様に本物である。聖マリア大聖堂は第2次世界大戦でほぼ完全に破壊されたが、回廊と隣接する礼拝堂の多くの部分が無傷で残されており、調度品や宝物・建具といった移動可能なものは事前に安全な場所に退避させることで被害を免れることができた。1945年以降の再建・復元・修復は最新の研究に基づいて中世の外観を再現することを第一の目的としている。

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