レドニツェ=ヴァルティツェの文化的景観

Lednice-Valtice Cultural Landscape

  • チェコ
  • 登録年:1996年
  • 登録基準:文化遺産(i)(ii)(iv)
  • 資産面積:14,320ha
  • IUCN保護地域:IV=種と生息地管理地域他
世界遺産「レドニツェ=ヴァルティツェの文化的景観」、レドニツェ城。中央やや左のスパイア(ゴシック様式の尖塔)やピナクル(ゴシック様式の小尖塔)を持つ建物は城の教会堂である聖ヤコブ長老教会
世界遺産「レドニツェ=ヴァルティツェの文化的景観」、レドニツェ城。中央やや左のスパイア(ゴシック様式の尖塔)やピナクル(ゴシック様式の小尖塔)を持つ建物は城の教会堂である聖ヤコブ長老教会
世界遺産「レドニツェ=ヴァルティツェの文化的景観」、ザーメツカー池とミナレット
世界遺産「レドニツェ=ヴァルティツェの文化的景観」、ザーメツカー池とミナレット
世界遺産「レドニツェ=ヴァルティツェの文化的景観」、スタラ・ディエのヤヌフ城
世界遺産「レドニツェ=ヴァルティツェの文化的景観」、スタラ・ディエのヤヌフ城。壊れているように見えるがそのようなデザインで、居住も可能
世界遺産「レドニツェ=ヴァルティツェの文化的景観」、フロホヴェック池のハラニチニ城
世界遺産「レドニツェ=ヴァルティツェの文化的景観」、フロホヴェック池のハラニチニ城。現在はホテルとして営業している
世界遺産「レドニツェ=ヴァルティツェの文化的景観」、ヴァルティツェ城
世界遺産「レドニツェ=ヴァルティツェの文化的景観」、ヴァルティツェ城。バロック様式のファサードや彫刻群が特徴的

■世界遺産概要

レドニツェ=ヴァルティツェはオーストリアおよびスロバキア国境に近いモラヴィア南部に位置する美しい渓谷で、リヒテンシュタイン家は17~20世紀にかけて渓谷と調和するようにルネサンス、バロック、新古典主義、歴史主義様式の美しい城・宮殿・庭園・教会堂・モニュメントを建設して自然と調和した見事な文化的景観を作り上げた。

○資産の歴史

レドニツェ=ヴァルティツェ渓谷には旧石器時代から人間の居住の跡があり、地中海からバルト海へ抜ける「琥珀の道(琥珀街道)」と呼ばれる交易路上に位置していた。ローマ時代の国境でもあり、ローマ帝国の砦や城壁も残されている。中世に入ってスラヴ人の入植が進み、9~10世紀にモラヴィア王国が栄えた後、ボヘミア王国に吸収された。

一方、リヒテンシュタイン家はもともとドイツ南部バイエルン州シュヴァーベンのドナウヴェルトの貴族で、13世紀頃からオーストリアのウィーン(世界遺産)に進出してハプスブルク家に仕えた。各地の土地を購入して所領としていたが、13世紀半ばにレドニツェ、14世紀にはヴァルティツェを購入してそれぞれにゴシック様式の城を建設した。

1608年、ヴァルティツェ出身のカール1世・フォン・リヒテンシュタインが神聖ローマ皇帝マティアスから爵位を授かり、リヒテンシュタイン公としてシュレージエン(シレジア)やボヘミア、モラヴィアの所領を治めた。このとき居城としたのがヴァルティツェ城で、7kmほど北東に位置するレドニツェ城を夏の離宮とした。

カール1世・フォン・リヒテンシュタイン以降、一帯の美しい自然と城や教会堂といった建物を有機的に結び付けて庭園のように整備する壮大な計画が始動した。まずはレドニツェとヴァルティツェ間に一直線の道を開通させ、さらにブルジェツラフといった周囲の町や城を結び、道の周りに木々を植えて並木道とした。レドニツェ城とヴァルティツェ城は16世紀にルネサンス様式で建て直され、さらに17~18世紀にバロック様式で再建された。他の建物も同様にオーストリアやイタリアから著名な建築家や芸術家を招集し、ルネサンス様式やバロック様式、19世紀以降は新古典主義様式(ギリシア・ローマのスタイルを復興したグリーク・リバイバル様式やローマン・リバイバル様式)や歴史主義様式(中世以降のスタイルを復興したゴシック・リバイバル様式やネオ・ルネサンス様式、ネオ・バロック様式等)で建設・再建が進められた。特にレドニツェではゴシック・リバイバル様式、ヴァルティツェではバロック様式が支配的だ。

19世紀に大きな影響を受けた芸術のムーブメントがピクチャレスクとロマン主義だ。ピクチャレスクは自然の美しさに回帰して絵画的な美を追究しようという運動で、17世紀にイタリアではじまって18世紀にイギリスで開花した。たとえばイングランドのランドスケープ・アーキテクト(景観設計家)、ランスロット・ブラウンはブレナム宮殿(世界遺産)などで川や湖・滝・林・丘を利用あるいは建造して自然より自然な景観を生み出し、イギリス式庭園として完成させた。幾何学的に区画を区切る整形庭園には見られない風景式庭園で、こうした運動は合理性よりも感覚や感情を重視するロマン主義と結び付いた。

18~19世紀のリヒテンシュタイン公ヨハン1世・ヨーゼフはランスロット・ブラウンらを研究してピクチャレスクやロマン主義を持ち込み、イギリス式庭園を造園するのみならず、全体の風景そのものをコーディネートした。たとえば見晴らしのよい池の畔や高台にポイントとなる建物を建設して自然の景観をよりドラマティックに演出した。また、森や牧草地についても木の高さや葉の色などを考慮して土地に最適な林や並木道を造営し、森の中に古代の神殿や教会堂を築いて神秘性を煽った。最たる例がレドニツェのザーメツカー公園(城の公園)で、ザーメツカー池(城の池)に島を造り、畔にミナレット(本来はモスクに隣接した礼拝を呼び掛けるための塔)を立てて景観を引き締めた。また、ディエ川(ドイツ語でターヤ川)の古い流れであるスタラ・ディエ(チェルナ・ディエ。旧ディエ/黒ディエ)を利用し、運河で新しい川を確保すると同時に自然の川を手付かずで残し、川岸にヤヌフ城(ヨハン城)を建設して味わい深い文化的景観を生み出した。こうした土地改造は20世紀に入ってもヨハン2世らによって推し進められた。

チェコスロバキアは第2次世界大戦でナチス=ドイツの侵略を受け、差別的な支配を受けた。大戦の終盤、ソ連軍が進軍するとドイツ系住民の多くはドイツに退避し、大戦後はドイツ人の追放が行われて多くが姿を消した。1945年、こうした流れの中で一帯はリヒテンシュタイン家の手を離れて国有化された。

○資産の内容

世界遺産の資産はレドニツェ、ヴァルティツェのみならず周辺のブルハリ、セドレツ、ブルジェツラフといった町の一部を含んでおり、南はオーストリア国境に接している。おおよそ東西17km・南北15kmほどにもなり、一帯が地域で登録されている。

レドニツェ城は13世紀の創建とされ、15世紀にゴシック様式からルネサンス様式に建て替えられ、17世紀にバロック様式、19世紀にゴシック・リバイバル様式やアンピール様式(帝政様式。古代ローマやエジプトを模したナポレオン時代の新古典主義様式)で改築された。建築家ヨハン・ベルンハルト・フィッシャーによるバロック様式の乗馬学校(現・多目的センター)や、イジー・ウィンゲルミュラーによるゴシック・リバイバル様式の聖ヤコブ長老教会、鉄とガラスのモダニズム建築である全長92mの温室パーム・ハウスをはじめ、数多くの建物を有している。城の南には整然と区画されたバロック様式の平面幾何学式庭園(フランス式庭園)であるザーメツカー庭園が広がり、城の北には自然をそのまま活かしたザーメツカー公園が展開している。公園は要所に風情ある建造物を配することで景観を引き立てており、チェコ唯一のムーア建築(イベリア半島のイスラム教建築。正確にはムーア・リバイバル様式)といわれる高さ62mのミナレットや、グリーク・リバイバルやローマン・リバイバル様式で築かれた水道橋や狩猟館、中世の城跡から持ち込んだ建材を使ってあえて廃墟として建設したヤヌフ城などがたたずんでいる。

レドニツェ城のザーメツカー池は5つの池を登録したレドニツェ・リブニーキー国立自然保護区の一部として保護されている。ザーメツカー池以外はレドニツェとヴァルティツェの間に位置しており、西からネシトゥ池、フロホヴェック池、プロスチェドゥニ池、ムリーンスキー池が並んでいる。こちらもさまざまな建物で彩られており、フロホヴェック池の畔にはイタリアの宮殿を思わせるハラニチニ城(国境城)、プロスチェドゥニ池にはローマ3美神を祀ったトリ・グラツィエや新古典主義様式の宮殿・リブニーキー城、ムリーンスキー池の脇にはギリシア神殿を模したアポロ神殿がたたずんでいる。また、ムリーンスキー池の南の森はランデ・ヴォス国立天然保護区域に指定されてり、森の奥にはローマのコンスタンティヌス凱旋門(世界遺産)を模したディアナ神殿やゴシック・リバイバル様式の聖フベルトゥス礼拝堂などが立っている。

ヴァルティツェ城は13世紀の創建で、15世紀にゴシック様式からルネサンス様式に建て替えられ、17~18世紀にヨハン・ベルンハルト・フィッシャーやイタリアの建築家ドメニコ・マルティネリらによってバロック様式で再建された。城館や乗馬学校・厩舎・劇場・噴水・庭園をはじめ多く建物はバロック様式で築かれており、周辺についても教区教会である聖母マリア被昇天教会やモロヴィー・スロウプ(ペスト記念柱)、ミロサルドニッヒ・ブラッチー修道院など多くの建物がバロック様式となっている。隣接の庭園もバロック様式の平面幾何学式庭園だが、周囲に広がるザーメツカー公園は19世紀にイギリス式庭園に改装された。

ヴァルティツェの周辺には森や池など景勝地が点在しており、中国の内装で知られるアンピール様式の宮殿ベルヴェデーレや、ギリシア・ローマ時代の列柱を模したラージストナのコロネードといった建物が点在している。ブルジェツラフの南の森にたたずむポハンスコ城はアンピール様式の狩猟館で、周辺には9世紀にさかのぼるスラヴの古い要塞集落跡がある。

上記以外にもクリヴェ国立自然保護区やニヴァ・ディエ自然公園をはじめ国や自治体の保護区や天然記念物として登録されている森や池・牧草地は数多く、一帯は一大景観地帯となっている。

■構成資産

○レドニツェ=ヴァルティツェの文化的景観

■顕著な普遍的価値

本遺産は登録基準(vi)「価値ある出来事や伝統関連の遺産」でも推薦されていたが、その価値は認められなかった。

○登録基準(i)=人類の創造的傑作

レドニツェ=ヴァルティツェの文化的景観は歴代の文化的モニュメントと固有・外来の自然的要素を調和させて人類の創造性を証明した芸術的傑作である。

○登録基準(ii)=重要な文化交流の跡

バロック、クラシック、ゴシック・リバイバルといった建築様式を組み合わせ、イギリスのロマン主義の原則に基づいて景観を整備することによってレドニツェ=ヴァルティツェはドナウ全域の景観モデルとして機能した。

○登録基準(iv)=人類史的に重要な建造物や景観

レドニツェ=ヴァルティツェの文化的景観は啓蒙思想の時代、ロマン主義の時代、その後の時代にひとつの家系によって意図的に設計・造営された文化的景観のすぐれた例である。

■完全性

資産はリヒテンシュタイン家の旧領地で構成されており、顕著な普遍的価値を示す重要な要素をすべて含んでおり、範囲やサイズも適切である。資産の特性上バッファー・ゾーンは存在しないが、景観を維持するために資産外についても重要な要素は守る必要があり、ブルジェツラフや他の町も近いことから将来的には視覚的な完全性を保全するためにバッファー・ゾーンの設置を考慮する必要がある。資産では安定した景観計画が実施されているが、交通インフラや都市開発など周囲と不調和な開発が計画されるリスクがあり、こうしたリスクを懸念して自然保護団体が圧力を掛けている。

■真正性

レドニツェ=ヴァルティツェの文化的景観は数世紀にわたる歴代の所有者の意志を反映しており、形状と外観について真正性は高いレベルで維持されている。景観は本来の計画に沿って進化を続けており、公爵家の建造物の多くは博物館として機能し公開されている。建造物は内外ともによく保全されており、修復もオリジナルの素材と技術を用いて適切に行われている。外来の樹木の多くは19世紀初頭に北アメリカから苗木や種子の状態で輸入されたもので、世代を交代しながら維持されている。レドニツェ城のパーム・ハウスのユニークな植物はいずれも伝統的な方法、多くは手作業で栽培が続けられている。

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