大西洋の北アフリカ沿岸部に浮かぶカナリア諸島のグラン・カナリア島は半径25kmほどの円形の島で、中央に標高1,949mのニエヴェス山がそびえている。ニエヴェス山の西に口を開けるテヘダ・カルデラ(カルデラは火山活動で生まれた凹地)周辺が世界遺産の資産で、断崖・渓谷・奇岩といったダイナミックな地形の中で先住民の穴居集落や段々畑、聖域、ロックアートなどが伝えられている。
カナリア諸島は約3,000万年前にはじまる火山活動によって生まれた諸島で、グラン・カナリア島も数百万年前の海底火山によって隆起した海洋島(大陸と陸続きになったことのない島)だ。400万~300万年ほど前に火山の噴火によって28×18kmほどに及ぶテヘダ・カルデラと呼ばれるクレーターが形成された。マグマは大地を切り裂いて深い渓谷や断崖を刻み、火道(地中のマグマの通り道)の溶岩が固まって岩脈(地層に入り込んだ溶岩層)を形成し、風雨の侵食を受けて岩脈が岩頸(がんけい)として露出し、数多くの奇岩群を生み出した。岩頸の一例がヌブロ岩だ。
カルデラに守られたこの土地には古代から人間が居住していた。約200km離れたアフリカ大陸から移住してきたベルベル人と見られ、各地に穴居集落が残されている。集落周辺では農業が行われ、石を組み上げて石垣を築き、段々畑を造ってオオムギなどを栽培していた。夏にほとんど雨が降らない気候であるため集水装置や貯水池・地下貯水槽・配水水路といった灌漑システムが発達していた。水や植物・動物をもたらす山や森は聖なる存在と考えられていたようで、数々の峰や断崖を持つテヘダ・カルデラは一種の聖域で、特にリスコ・カイドやベンテイガ岩は宗教的な中心地として崇められていた。
「倒れた岩山」を意味するリスコ・カイドはパラル渓谷とロス・リンデロス渓谷の間に位置する高低差100mに及ぶ急峻な断崖で、穴居集落跡が残されている。断崖には21もの洞窟が穿たれており、壁にはペトログリフ(線刻・石彫)やレリーフが刻まれている。幾何学的な図形が多く、たとえば三角形の図形は女性の陰部の抽象表現と見られ、生命礼賛あるいは豊穣祈願の象徴と考えられている。洞窟には年間を通して太陽光を取り入れることができる穴が穿たれていたり、太陽や月の光を引き込んでペトログリフを浮き上がらせる構造を持つなど天体の運行と関連付けられており、宗教観や世界観を表した寺院や天文観測所として機能していたと見られる。
標高1,404mのベンテイガ岩も同様の聖域で、天体を観測したり祭祀が催されていたと考えられている。麓には100前後もの洞窟群があり、ペトログリフが見られるほか、周囲では墓や穀倉も発見されている。一説では雨など天気に関する祈りの場であり、ネクロポリス(死者の町)でもあったとされる。一帯ではリビコ=ベルベル(ティフィナ)と呼ばれる直線と円で構成された文字による碑文が見られるほか、焼成粘土や木材で作られた「ピンタデラ」と呼ばれる三角形・円形・四角形といった幾何学図形の遺物が多数発見されている。ピンタデラの用途は不明だが、印章あるいは装飾品と考えられており、宗教的な要素も指摘されている。標高1,813mのヌブロ岩なども同様に島の聖域だった。
グラン・カナリア島では1478年にスペイン人による入植がはじまり、先住民が抵抗したものの1481年には平定された。文明的な生活とキリスト教が先住民の生活を一変させたが、切り立った断崖で水を確保することも難しいテヘダ・カルデラは開発を免れ、一部の先住民は迫害や異端審問、奴隷狩りの時代をも生き抜き、19世紀半ばまで古来の生活を続けていた。19世紀に島北部のガルダルで「カナリア諸島のシスティーナ礼拝堂」の異名を持つ彩色壁画が発見されると遺跡が注目を集めるようになり、テヘダ・カルデラでも考古学的な調査が開始された。数々の成果を収めたが、まもなく古来の生活を続ける先住民は姿を消した。
先住民が最初にグラン・カナリア島に居住をはじめた年代はハッキリしないが、考古学的調査や15世紀のスペイン人による記録、北アフリカのリビコ=ベルベルとの比較などから1,500年以上の歴史を持つ文化的景観であると考えられている。
リスコ・カイドと聖なる山々に伝わる考古学的遺跡とロックアートは1,500年以上にわたって孤立した環境で進化を続けたすでに消滅した島嶼文化の独創的で卓越した例である。考古学的・歴史的な証拠からこの文化を築いた先住民はマグリブ(リビア以西の北アフリカ)のベルベル人であり、古代マグリブの伝統を伝える稀有な証拠である。
テヘダ・カルデラの穴居遺跡は古代の島嶼文化における同種の遺跡のきわめて独創的な例である。複雑な空間構成と資源管理の様子が示されており、古代カナリア人が地形をどのように活用していたのか雄弁に物語っている。すでに消滅した文化の高度な適応性を表現しているのみならず、独創性かつ伝統的な土地利用法が現在に引き継がれている稀有な例である。
地理的に隔絶されたテヘダ・カルデラには壮大で記念碑的な物理的特徴、聖なる森や断崖・山頂の穴居集落、棚田農業のための農業施設、古代カナリア人によって確立された古道などがあり、これらは互いに明確に関連付けられている。資産はカナリア諸島のベルベル人の最後の山岳居住地であり、完全で調和の取れた際立った文化的景観を伝えている。
資産の一部はカナリア諸島でも生物多様性の極まった地域であり、最初期の先住民が目にした自然環境の名残と考えることができる。穀倉や段々畑は元の形状とデザインを保持しており、ロックアートやリビコ=ベルベルで飾られた穴居集落群についても真正性は維持されている。主要遺跡の状態と環境はスペインによる征服後500年以上ものあいだ大きな変化もなく引き継がれており、古道や地下貯水槽、かつての穴居集落の跡さえ時代を超えて維持されている。その結果、夜景を含む文化的景観と空の景観の主要な要素は15世紀のスペインの征服以来、ほとんど変化していない。