トラムンタナ山脈の文化的景観

Cultural Landscape of the Serra de Tramuntana

  • スペイン
  • 登録年:2011年
  • 登録基準:文化遺産(ii)(iv)(v)
  • 資産面積:30,745ha
  • バッファー・ゾーン:78,617ha
世界遺産「トラムンタナ山脈の文化的景観」、トラムンタナ山脈の景観
世界遺産「トラムンタナ山脈の文化的景観」、トラムンタナ山脈の景観
世界遺産「トラムンタナ山脈の文化的景観」、トラムンタナ山脈と海
世界遺産「トラムンタナ山脈の文化的景観」、トラムンタナ山脈と海
世界遺産「トラムンタナ山脈の文化的景観」、ソレルの農業景観
世界遺産「トラムンタナ山脈の文化的景観」、ソレルの農業景観
世界遺産「トラムンタナ山脈の文化的景観」、リューク修道院
世界遺産「トラムンタナ山脈の文化的景観」、リューク修道院

■世界遺産概要

トラムンタナ山脈はイベリア半島の南東に浮かぶバレアレス諸島のマヨルカ島に位置する山脈で、世界遺産には山脈とその周辺の全長50kmほどが登録されている。もともと狭く峻険で水の確保が難しい農業に適さない土地ながら、アラブ圏の乾燥地の水利・農業システムやヨーロッパの土地システムを融合させ、貯水池や運河・水路・地下水路・水道橋・段々畑・水車などを駆使して自然環境と文化が一体化した美しい文化的景観を築き上げた。

○資産の歴史

トラムンタナ山脈はマヨルカ島の海岸沿い、南西から北東にかけて壁のように延びている山脈で、非常に切り立った山々が連なっている。最高峰は標高1,445mのプイグ・マホールで、特に北東に高山と深い渓谷が多く、南西は比較的緩やかな谷が広がっており、いずれも海と平野に挟まれている。地質は水が浸透しやすく水に溶けやすい石灰岩で、雨や川・地下水の侵食を受けて柱のような岩=ピナクル、ギザギザした溝がついたカレン、カレンが林立したカレンフェルト、大地が陥没したドリーネ、地下に広がる鍾乳洞、垂直の裂け目であるキャズムといったダイナミックなカルスト地形が展開している。

気候的には夏に降水量が少なく冬に多い地中海性気候で、山を中心に冬は豪雨や雪になることもある。山が切り立っており、大河もなく、雨はすぐに地下に浸透するため夏にしばしば渇水するが、地下には豊富な地下水脈が流れている。豊かとはいえない環境・土壌であるため深い森は少なく、低地ではマキア(オリーブ)などの低木、山中はセイヨウヒイラギガシのようなオークやマツの森、沿岸や山岳の荒地はローズマリーなどのヒース(荒れた低木帯や草原、あるいはそこに生える植物)が広がっている。

この地における人類の痕跡は紀元前2500年頃までさかのぼり、紀元前1300〜前900年ほどの後期青銅器時代にはタライオティック文化が繁栄し、巨石を使用した数々の遺構を残している。紀元前2世紀に共和政ローマによって占領されると、ローマの文化と融合して吸収された。903年にイスラム教勢力の支配下に入ると、北アフリカや中東の砂漠で使用されているすぐれた水利システムや農業システムを導入して農業を活発化させ、オリーブやブドウ、オレンジやレモンといった果樹や、小麦や米といった穀物のほか、綿やリネンなどの生産を行った。また、この時代に牧畜が導入され、ヤギやヒツジなどの放牧が開始された。

やがてキリスト教勢力によるレコンキスタ(国土回復運動)が進み、13世紀はじめにアラゴン王ハイメ1世によって奪還されると、マヨルカ王国を興してバレアレス諸島を治めさせた。大農場主による農場経営がはじまり、教会を中心に集落が再編され、イスラム教勢力の来襲を警戒してそれぞれの土地に城や砦・塔・灯台が建設された。オリーブやブドウ、小麦の大規模農業は一帯の風景を変え、16世紀以降は特にオリーブの名産地として飛躍し、島の経済に大いに貢献した。

19世紀に入ると技術革新によって農業生産が拡大し、観光産業によって名声を広めた。数多くの貴族や芸術家がこの地を訪れたが、一例がオーストリア大公ルートヴィヒ・ザルヴァトールで、16もの大農場を経営して絶景地に別荘を建設した。19世紀後半から道路や電話・電気といったインフラが整備され、島と山脈の孤立が解消された。観光業が飛躍して山岳地帯でも開始され、代わりに農業や農村が徐々に衰退した。それでも景観の多くは維持されており、近年の保護活動の成果もあって美しい文化的景観が伝えられている。

○資産の内容

トラムンタナ山脈の文化的景観の特徴のひとつは水利システムにある。地表では水を貯める人工湖(ダム)や貯水池、水を通す運河や水路を張り巡らせ、水車や水道橋なども利用された。一例がマッサネーリャ水路で、水道橋などを駆使して6.75kmにわたって水を送った。また、地下水が豊富であるためイスラム教徒によってもたらされた「カナート」と呼ばれる地下水路網が構築された。カナートは元々ペルシアで普及したもので、山中の地下水からほぼ水平に地下水路を通して平地に水を引く設備で、アラブ圏ではファラジ、北アフリカではフォガラ、中央アジアではカレーズ、中国では坎児井(カンアルチン)と呼ばれて乾燥地で活用された。

また、切り立った山地を開墾するために乾式工法(セメントやモルタルといった接合剤を使用しない工法)で石垣を組んで段々畑を形成し、導水管で上から下へと水を送っていく灌漑システムを組み上げた。段差を乗り越える必要がある場合は水車が用いられ、水車で生み出された水力は製粉などにも使用された。

こうした水利システムを共用する農村はクラストラと呼ばれる美しく彩られた中央庭園を中心に形成され、住宅や教会堂の他にオリーブやワインの製造所や製粉所、砦や塔などが配された。現在でもライシャ、アルファビア(ブニョーラ)、マッサネーリャ(マンコル)、ガラッツォ(カルヴィア)、カネト、サ・グランハ(エスポルレス)などに庭園を中心とした農業景観が残されている。ソレルやブニョーラといったさらに大きな町になると3階建ての高層建築やゴシック、ルネサンス、モダニズムといったさまざまな建築様式を持つ街並みが見られる。

険しい山地を利用して教会堂や修道院も建てられた。特に「リュークの聖域」あるいは「サンタ・マリア・デ・リュークの聖域」にたたずむリューク修道院はマヨルカ島の守護聖人である「リュークの聖母」の聖地であり巡礼地とされている。伝説によると、羊飼いの少年がある日、岩の上に聖母マリア像を発見し、これを村の司祭に手渡したという。しかし翌日、像が岩の上に戻るという奇跡が起こり、岩の場所に礼拝堂が建設され、後に修道院が築かれた。

また、トラムンタナ山脈は海岸線も有するが、こうした場所ではイスラム教勢力や海賊を監視するために塔や砦、灯台や港が築かれた。こうした海岸の景観もまた特徴的な文化的景観のひとつである。

■構成資産

○トラムンタナ山脈の文化的景観

■顕著な普遍的価値

本遺産は登録基準(vi)「価値ある出来事や伝統関連の遺産」でも推薦されていたが、ICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)は、そうした無形の文化的要素は同じ地理・文化圏の他の文化的景観にも見られるものであり、また数人の貴族や芸術家がこの地で生活したのは事実だが関連した芸術作品はわずかであり、作品が地域社会と密接な関係があることも証明されていないと評価した。

○登録基準(ii)=重要な文化交流の跡

トラムンタナ山脈の景観はアラブ圏の水利・農業システムや、13世紀にマヨルカ島を支配したキリスト教徒による土地管理システムによって成立したもので、地中海地域におけるイスラム教とキリスト教の文化交流を見事な形で例示している。はじめに小規模な農場主によって段々畑の景観が造られ、後に大農場主によって大規模な果樹園・菜園・オリーブ畑に発達したその様子を伝えている。

○登録基準(iv)=人類史的に重要な建造物や景観

トラムンタナ山脈の文化的景観は運河・水路・カナート・貯水池・段々畑といった設備によってオリーブやブドウなどの果樹や野菜の栽培が可能になった。段々畑は土壌の侵食を避けるために洗練された排水設備を持ち、畑同士を接続することで水利や養分といった点でもすぐれたシステムを組み上げ、壮大で独創的な景観を生み出した。

○登録基準(v)=伝統集落や環境利用の顕著な例

トラムンタナ山脈の文化的景観は、人類が土地も水も限られた困難な環境条件に適応し、農業と生活を可能にした独特の生活スタイルを伝えている。封建的な土地配分法が極端な地形に適用され、アラブ圏の洗練された水利システムと融合して独特かつ複雑な農業景観をもたらした。山頂の岩場・森林・段々畑のある斜面・広大な放牧地や牧草地・平地のブドウ畑や果樹園など、土地の分布と利用法は農業資源の長期にわたる利用を保証している。トラムンタナ地域はこうして島の険しく厳しい土地において人類の生活が継続的に進化してきた過程を物語っている。

■完全性

資産は段々畑の配置、オリーブの木立、農園内の空間構成、水路網といった地域の特徴的な要素が高いレベルで統一されており、かなりの範囲で視覚的な完全性を保っている。しかし、機能的・社会経済的な完全性は観光業の増加とそれに関連した開発圧力により、今日では脆弱になっている。トラムンタナ地域全体が同じ歴史と開発の過程を経験しており、開発された地域は資産ではなくバッファー・ゾーンを構成している。人口の多いバッファー・ゾーンが資産に脅威をもたらすことが懸念されるが、喫緊の問題とは捉えられていない。

■真正性

資産の伝統的でダイナミックな農業景観は観光活動の隆盛に反して減少しているが、トラムンタナ地域で行われた歴史的・文化的・社会的・経済的なプロセスの信頼性の高い証拠であり、生産性を増すために継続的に進化したその歴史を留めている。資産はいまだこうした土地の連続性を明確に示しており、そしてまた著名な芸術家や知識人によって景観は高く評価され、その美的価値を高めてきた。

社会的・経済的変化によってもたらされる景観の変質に対応するため伝統的な技術を教える学校が設立されおり、乾式の石垣のような構築物や建築物を修復するための技術が伝えられている。

■関連サイト

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