セゴビア旧市街とローマ水道橋

Old Town of Segovia and its Aqueduct

  • スペイン
  • 登録年:1985年、2015年軽微な変更
  • 登録基準:文化遺産(i)(iii)(iv)
  • 資産面積:134.28ha
  • バッファー・ゾーン:401.44ha
世界遺産「セゴビア旧市街とローマ水道橋」、船首のような形状から森に浮かぶ船にたとえられるアルカサル
世界遺産「セゴビア旧市街とローマ水道橋」、船首のような形状から森に浮かぶ船にたとえられるアルカサル
世界遺産「セゴビア旧市街とローマ水道橋」、アルカサル。中央の四角い塔がフアン2世の塔、下は跳ね橋
世界遺産「セゴビア旧市街とローマ水道橋」、アルカサル。中央の四角い塔がフアン2世の塔、下は跳ね橋
世界遺産「セゴビア旧市街とローマ水道橋」、ローマ水道橋と旧市街
世界遺産「セゴビア旧市街とローマ水道橋」、ローマ水道橋と旧市街
世界遺産「セゴビア旧市街とローマ水道橋」、ローマ水道橋とアルティイェリア広場
世界遺産「セゴビア旧市街とローマ水道橋」、ローマ水道橋とアルティイェリア広場
世界遺産「セゴビア旧市街とローマ水道橋」、セゴビア大聖堂の北ファサード
世界遺産「セゴビア旧市街とローマ水道橋」、セゴビア大聖堂の北ファサード
世界遺産「セゴビア旧市街とローマ水道橋」、サン・エステバン教会。バロック様式の塔は「塔の女王」の異名を持つ
世界遺産「セゴビア旧市街とローマ水道橋」、サン・エステバン教会。バロック様式の塔は「塔の女王」の異名を持つ

■世界遺産概要

1世紀に築かれた「悪魔の橋」ローマ水道橋、12~16世紀の「白雪姫の城」アルカサル、16~17世紀の「大聖堂の貴婦人」セゴビア大聖堂をはじめ古代・中世・近世の美しい建造物群が調和したスペイン中部カスティーリャ・イ・レオン州のセゴビア旧市街。特に全長813m・高さ28.5mを誇る水道橋はローマ時代の水道橋の中でも際立って高く・細く・美しいことで知られている。なお、世界遺産登録時にはバッファー・ゾーンが設けられていなかったが、2015年の軽微な変更で設定された。

○資産の歴史

セゴビアの地には古くから人類が暮らしており、6万年前のネアンデルタール人の遺跡やローマ以前のケルト人の住居が発掘されている。ケルト時代、ローマ時代を通じてエレスマ川とクラモレス川に挟まれた丘陵には砦が築かれてり、「セゴビア」の語源はケルト語派のケルティベリア語の「砦」にあると考えられている。やがて丘を取り囲むように城壁が建設され、町には直線距離で12.5kmほど離れた山腹の水源から水道によって水を引き入れた。

8世紀はじめにイスラム王朝であるウマイヤ朝がイベリア半島を席巻し、756年に後ウマイヤ朝に引き継がれ、セゴビアもその支配下に入った。この過程で水道橋は主要なアーチ数か所を破壊され、水道の機能を失った町は放棄され、荒廃していった。

11世紀後半、カスティリャ=レオン王国のアルフォンソ6世はスペイン北部のレコンキスタ(国土回復運動)を進め、セゴビアやアビラ(世界遺産)、サラマンカ(世界遺産)を落とし、1085年にはイスラム教勢力の拠点都市トレド(世界遺産)を奪還した。娘婿ライムンド・デ・ボルゴーニャに命じて入植政策レポブラシオーネ(再定住)を進めさせ、セゴビアでもキリスト教徒の入植とアルカサルや城壁の建設、水道と水道橋の修復が行われた。13世紀にカスティリャ=レオン王国はカスティリャ王国に統合されたが、この頃アルカサルは宮殿として改修された。セゴビアや周辺の山地ではヒツジの移牧が盛んに行われ、やがて羊毛の生産が急増し、紡績・織布といった織物産業で繁栄した。加えてセゴビアはイベリア半島の中心付近に位置し、東西・南北いずれにもアクセスがよく、交易都市としても発展した。

セゴビアはカスティリャ王国の主要都市となり、1474年にはセゴビアのサン・ミゲル教会でイザベル1世が王位に就き、戴冠式が行われた。1469年にはアラゴン王フェルナンド2世とイザベル1世が結婚して連合が成立し、1479年に合併して事実上スペイン王国が誕生した。そしてカトリック両王(フェルナンド2世とイザベル1世)は1492年にナスル朝を滅ぼし、レコンキスタを完了させた。しかしながら大国スペインの誕生は都市の自治の制限を意味し、両王の孫であるカルロス1世(神聖ローマ皇帝カール5世)の時代、1520年にトレドで都市反乱が起こり、アビラなど多くの都市に飛び火すると、セゴビアでも町を封鎖して政府の支配を拒絶した。このコムネロスの反乱は翌年鎮圧されると都市の自治は大幅に制限され、スペイン・ハプスブルク家による絶対王政が進展した。これを受けて急速に衰退したアビラなどと異なり、セゴビアの経済的繁栄は16世紀を通して続いた。しかし、1561年にフェリペ2世がマドリードに遷都し、セゴビアの南40kmほどにエル・エスコリアル(世界遺産)を建設してバリャドリードやトレド、セゴビアなどに分散していた首都機能を集中させると衰退がはじまった。17世紀に入ると人口は1/3以下に激減し、その繁栄を終えた。

○資産の内容

世界遺産の資産には旧市街とともに、旧市街から延びる全長16.23kmの水道の全域が含まれている。重力で水を運ぶために、旧市街の丘より少し高い山腹から水道を築いて水を引き入れた。ランドマークとなっている水道橋は丘の手前の谷を越えるために築いたもので、1度ほどの傾斜を持つ全長813m・最大高28.5mの2階建てアーチ橋で、128本の柱と167のアーチを持つ。25,000個に及ぶ花崗岩の切石が積み上げられており、金属やモルタルは使用されていない。高さに対して幅2.4mと橋脚が非常に細く、これがスタイリッシュなシルエットを描き出している。中世の技術では建設どころか修復もままならないハイテクと規模・美しさから悪魔が築いたという「悪魔の橋」伝説が広がった。伝説には多くのバリエーションが存在するが、一説では美しい少女が悪魔と「夜明けまでに水を引いてくれたら私の魂をあげる」との約束を交わし、最後の石を置く瞬間にニワトリが鳴いた(あるいは少女が声マネをした)ため悪魔は去ったと伝えられている。イスラム教時代に一部のアーチが破壊されて機能が停止したが、11世紀に修復され、19世紀まで使用されていた。現在は水道橋に水道管を通して使用している。

もうひとつのランドマークであるアルカサルはケルト時代から砦が立っていた丘の東端にたたずんでいる。三方を断崖に囲まれた丘を城壁で取り囲み、一方を堀とすることで周囲から断絶されており、跳ね橋か秘密の地下道を通ってのみ入城することができる。アルカサルの創建は12世紀はじめで、12世紀半ばにアルフォンソ8世が邸宅として使用し、13世紀にアルフォンソ10世が本格的に整備して城砦を兼ねた宮殿となった。15世紀はじめ、フアン2世が中央の主塔であるフアン2世の塔を建設し、庭園を整備した。イザベル1世も居城のひとつとし、しばしばアルカサルに滞在した。16世紀後半にはフェリペ2世が尖塔を加え、おおよそ現在の姿が完成した。ただ、フェリペ2世がマドリード郊外にエル・エスコリアルを建設して以降は宮殿として使用されなくなり、州刑務所として使用された後、1762年にカルロス3世が王立砲兵学校を設立した。現在は博物館として公開されており、アルフォンソ8世の時代の部屋である旧宮殿の間、フェリペ2世の時代の暖炉の間、ムデハル様式(キリスト教芸術にイスラム教芸術を取り入れた折衷様式)の装飾が美しい玉座の間、イザベル1世の戴冠を描いた壁画や格天井で飾られたガレラの間、ベッドが置かれた王の寝室、フェリペ2世の肖像画が掛かった諸王の間、武器コレクションを展示した武器庫、王室礼拝堂、フアン2世の塔などを見学することができる。また、アルカサルは1937年に公開されたディズニーによる世界初の長編カラーアニメ『白雪姫』の城のモデルとされ、王妃の居城として登場する。

セゴビア大聖堂は正式名称を聖母被昇天・聖フルトス大聖堂教会といい、その優美な姿から「大聖堂の貴婦人」の異名を持つ。コムネロスの反乱で1521年に破壊されたため1525年にカルロス1世が再建を命じ、おおよそ1577年に完成した(交差廊のドームは1630年の建設)。約110×50mのラテン十字式のゴシック様式で、身廊の高さは30mに達し、ニコラス・デ・ヴェルガラやニコラス・デ・ホランダ、フランシスコ・ヘランツらの美しいステンドグラスで彩られている。フランシスコ・サバティーニによるバロック様式の主祭壇の他に、ファン・デ・フニの彫刻「聖なる埋葬」を収めた慈悲の礼拝堂や、アンブロシウス・ベンソンの祭壇を収めたサン・アンドレスの礼拝堂など数多くの礼拝堂を持つ。隣接する鐘楼は1614年の建設で、高さ90mを誇る。

サン・アントニオ・エル・レアル修道院は15世紀半ばにエンリケ4世が宮殿として建設を命じた建物で、後にフランシスコ会に寄贈して修道院となった。ゴシック様式をベースに、木製の格天井や木象眼(素材を彫って別の素材をはめ込む装飾技法)などムデハル様式の装飾が多用されている。

旧市街にはロマネスク様式の傑作とされる教会堂が多く、高さ56mの美しい塔で知られるサン・エステバン教会を筆頭に、サン・マルティン教会、聖三位一体教会、サン・アンドレス教会、サン・クレメンテ教会、サン・ミラン教会などが名高い。こうした教会堂ではしばしばイスラム教芸術を取り入れたロマネスク・ムデハル装飾が見られる。

セゴビアの市壁は主に11~12世紀に築かれたもので、全長2.25km・高さ平均9mを誇る。旧市街はもともと三方を断崖が囲んでおり、城壁と合わせて難攻不落の城郭都市を形成した。かつては80の塔、5つの門があったが、現在はサン・セブリアン門、サンティアゴ門、サン・アンドレス門の3門といくつかの塔が残されている。

■構成資産

○セゴビア旧市街とローマ水道橋

■顕著な普遍的価値

○登録基準(i)=人類の創造的傑作

セゴビアには多くのすぐれたモニュメントが存在するが、中でも水道橋、アルカサル、大聖堂といった主要建造物はその美しさと歴史的重要性の点で傑出している。

○登録基準(iii)=文化・文明の稀有な証拠

セゴビア旧市街では都市レイアウトと建築の中に複雑な歴史的発展の様子が示されており、時代を超えて異文化コミュニティが共存してきたことを示している。

○登録基準(iv)=人類史的に重要な建造物や景観

セゴビアは多様な文化的伝統に基づいた西洋の都市のすぐれた証拠を提供している。住宅建築から宗教・軍事建築まで建築に関するすべての要素について、独創的かつ文化的多様性を反映した幅広い建築技術と様式を見ることができる。

■完全性

資産には顕著な普遍的価値を表現するために必要なすべての要素が含まれている。歴史地区にはローマ水道橋から小規模な住宅まで数多くのすばらしいモニュメントがあり、いずれもよく保存されている。資産のさまざまな特徴は都市の複雑で魅力的な歴史、特に種々の宗教や文化の共存を示しており、その建築様式の幅広さは特筆に値する。

スペインではこうしたモニュメントが細かく分類されており、適切な保存に役立っている。これらに対するいかなる介入もその特性と重要性の維持を前提とし、保護が義務付けられている。

■真正性

政府は早い段階から法的保護を行っており、資産は特に位置・形状・デザインの面で真正性を維持している。これはローマ水道橋のような象徴的なモニュメントのみならず市街の他のモニュメントや建造物群にも適用される。ユダヤ人街のような中世都市の痕跡は狭い道路・多彩な舗装・種々の装飾演出を持つ現在の都市レイアウトに見ることができる。

都市の建造物群は継続的に開発されているため資産はいくらか改変されているが、地方政府および地方自治体の厳しい管理下に置かれており、顕著な普遍的価値には影響を与えていない。

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