エルチェの椰子園

Palmeral of Elche

  • スペイン
  • 登録年:2000年
  • 登録基準:文化遺産(ii)(v)
  • 資産面積:144ha
  • バッファー・ゾーン:810ha
世界遺産「エルチェの椰子園」、ナツメヤシの森
世界遺産「エルチェの椰子園」、ナツメヤシの森 (C) Jose Carlos Diez
世界遺産「エルチェの椰子園」、パルク・ムニシパルのオルト・デル・コロメル
世界遺産「エルチェの椰子園」、パルク・ムニシパルのオルト・デル・コロメル
世界遺産「エルチェの椰子園」、オルト・デル・クーラのサボテン
世界遺産「エルチェの椰子園」、オルト・デル・クーラのサボテン
世界遺産「エルチェの椰子園」、ナツメヤシのデーツ
世界遺産「エルチェの椰子園」、ナツメヤシのデーツ

■世界遺産概要

エルチェはスペイン南東部バレンシア州の都市で、街を縦断するビナロポ川の東岸に10,000本を超えるナツメヤシが林立している。ナツメヤシは紀元前にフェニキア人やカルタゴ人が持ち込んだと伝わるもので、8世紀以降、アラブ人が灌漑システムを導入して大規模に開発し、「オルト(バレンシア語。スペイン語でウエルト)」と呼ばれる数多くのナツメヤシ園や植物園を造園した。

○資産の歴史

「エルチェの椰子園」の椰子(ヤシ)は "Phoenix dactylifera L." と呼ばれる種で、いわゆるナツメヤシを示す。樹高30m以上にまで成長する北アフリカ原産種で、300年以上の寿命を誇る。「デーツ」と呼ばれる実は甘くそのまま食すことができるだけでなく、乾燥させると干し柿のように甘みを増し、保存食としても利用することができる。乾燥地でも生育することから古代から北アフリカや西アジアで主食のひとつとして重宝され、紀元前6世紀以前から栽培がはじまった。

エルチェでは紀元前5000年ほどから人類の居住の跡があり、現在のエルチェ中心部から南3kmほどの地に「ラ・アルクディア」と呼ばれる古代都市が興った。紀元前5世紀以前にフェニキア人や、フェニキアが築いた植民都市カルタゴ(世界遺産)の住民(カルタゴ人)らが入植し、ナツメヤシを持ち込んだといわれている。紀元前200年前後に共和政ローマが征服し、26年頃、植民都市イリチ・アウグスタに改名された。

イベリア半島は711年にイスラム王朝であるウマイヤ朝に支配され、756年に後ウマイヤ朝に引き継がれた。この時代にエルチェの中心部は現在の場所に移転したようだ。アラブ人たちは肥沃な東岸に農園や果樹園を整備し、ビナロポ川から水を引いて灌漑システムを充実させ、北アフリカのオアシス都市を思わせるナツメヤシの林立する美しい町を築き上げた。一方、西岸は家臣や庶民に与えられたが、農園や果樹園はほとんど造られなかった。

1265年にキリスト教徒によるレコンキスタ(国土回復運動)を進めるアラゴン王ハイメ1世がこの地を奪還。農園や果樹園は残され、運河が建設された。17世紀頃には現在の倍以上の面積に20万本以上のナツメヤシが林立していたという。1606年にムーア人(イベリア半島のイスラム教徒)が追放されると農園や果樹園の管理が滞るようになり、17世紀後半には多くのナツメヤシが伐採された。19世紀の工業化と鉄道の開通でさらに破壊が進んだ。1920年になってようやくナツメヤシの保護が叫ばれるようになり、1930年代に管理財団が設置されて保護が開始された。

○資産の内容

世界遺産名の "Palmeral" はヤシの木立(木々の集まり)を意味する。ナツメヤシの果樹園は長方形や正方形・三角形といった幾何学的な区画に分割され、高さ1~2mの石垣やヤシの葉で作った垣根で囲われていた。こうした区画はオルトと呼ばれ、内部では平行、あるいは格子状にナツメヤシが植えられ、木立を形成した。現在、世界遺産の資産には67の木立があり、10,000本以上のナツメヤシが生育している。植えられているのはナツメヤシだけでなく、他の種を含めて45,000本が栽培されているという。

代表的なオルトがオルト・デル・クーラで、8世紀以来の伝統を持つ1,000本のナツメヤシが林立するヨーロッパ最大級の木立とされる。ザクロ、オレンジ、イチジク、レモンなど地中海や北アフリカのさまざまな果樹が見られるほか、サボテンのコレクションも名高い。1894年にオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の皇妃エリザベートがこの地を訪ね、その強さ・大きさを褒め称えたという「皇帝のヤシ」がある。

ビナロポ川沿岸のパルク・ムニシパル(市立公園)はオルト・デル・レアル、オルト・デル・コロメル、オルト・デ・バイスなどのオルト群からなる公園で、ナツメヤシの木立の他に、1860年に建設された円形劇場ラ・ロトンダや、18世紀の製粉所跡モリ・デル・レアルといったモニュメントも残されている。ナツメヤシやブーゲンビリア、モクレン、アラウカリアといった木々のほか、アヒルやハクチョウが戯れる池や噴水は市民の憩いの場となっている。

他にも、多くの池が配されたパルク・デルス・ペイショス(魚公園)、ペットを放つことができるオルト・デル・ガト(ネコのオルト)、自然の形に近いオルト・デル・モンジョなど多数のオルトがあり、その多くを見学することができる。

■構成資産

○エルチェの椰子園

■顕著な普遍的価値

○登録基準(ii)=重要な文化交流の跡

ある文化・大陸から別の文化・大陸への文化の伝達、エルチェの椰子園の場合は北アフリカからヨーロッパへ果樹園を中心とした特徴的な景観の交流の際立った例を示している。

○登録基準(v)=伝統集落や環境利用の顕著な例

ナツメヤシの木立や果樹園はイスラム教徒によるイベリア半島占領期にヨーロッパにもたらされた北アフリカの文化の典型的な例である。その文化は現在まで引き継がれており、当時の灌漑システムがいまなお機能している点は特筆に値する。

■完全性

67の木立のうち50は自治体の所有で、残りは個人が所有している。1933年にこれらを管理する財団が設立され、1986年に州法で確認されて正式に法的保護下に入った。もともとは現在の数倍規模のエリアが資産候補地となっていたが、ICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)との緊密な協議を経て顕著な普遍的価値を持つ現在のコンパクトなエリアに集約された。

■真正性

ナツメヤシが植えられている区画はアラブ人が整備した灌漑システムと一体化しており、当時の土地分配システムに準拠し、その都市構造を引き継いでいる。

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