アントニ・ガウディの作品群

Works of Antoni Gaudí

  • スペイン
  • 登録年:1984年、2005年重大な変更
  • 登録基準:文化遺産(i)(ii)(iv)
世界遺産「アントニ・ガウディの作品群」、直線と曲線が融合したカサ・ビセンス
世界遺産「アントニ・ガウディの作品群」、直線と曲線が融合したカサ・ビセンス
世界遺産「アントニ・ガウディの作品群」、サグラダ・ファミリアの聖誕のファサード
世界遺産「アントニ・ガウディの作品群」、サグラダ・ファミリアの聖誕のファサード
世界遺産「アントニ・ガウディの作品群」、グエル邸の中央サロン。下は黄金礼拝堂
世界遺産「アントニ・ガウディの作品群」、グエル邸の中央サロン。下は黄金礼拝堂
世界遺産「アントニ・ガウディの作品群」、グエル公園。下はトレンカディスのベンチ、右の建物は管理棟、左は守衛棟
世界遺産「アントニ・ガウディの作品群」、グエル公園。下はトレンカディスのベンチ、右の建物は管理棟、左は守衛棟
世界遺産「アントニ・ガウディの作品群」、「骨の家」の異名を持つカサ・バトリョのファサード
世界遺産「アントニ・ガウディの作品群」、「骨の家」の異名を持つカサ・バトリョのファサード
世界遺産「アントニ・ガウディの作品群」、カサ・ミラ。バルコニーや欄干・窓の形状・サイズがすべて異なっている
世界遺産「アントニ・ガウディの作品群」、カサ・ミラ。バルコニーや欄干・窓の形状・サイズがすべて異なっている
世界遺産「アントニ・ガウディの作品群」、コロニア・グエル教会のクリプト
世界遺産「アントニ・ガウディの作品群」、コロニア・グエル教会のクリプト

■世界遺産概要

スペイン・カタルーニャ地方出身の建築家アントニ・ガウディ(アントニオ・ガウディ。1852~1926年)が19世紀後半~20世紀前半に設計した代表作7点を登録した世界遺産。1984年に「バルセロナのグエル公園、グエル邸、カサ・ミラ "Parque Guell, Palacio Guell and Casa Mila, in Barcelona"」の名称で3件の構成資産を持つ世界遺産として登録され、2005年にカサ・ビセンス、カサ・バトリョ、コロニア・グエル教会のクリプト(地下聖堂)、サグラダ・ファミリアの聖誕のファサード(正面)とクリプトの4件を加えて計7件に拡大され、現在の名称に変更された。

○資産の歴史と内容

ガウディは1852年にバルセロナの南に位置するレウスの町の銅細工職人の家で生まれた。幼い頃から病弱でリウマチに苦しみ、家にこもりがちで飛び回って遊ぶことができなかったという。その代わり自然を観察して絵を描いたり、銅細工に影響されてよく立体作品を作っていた。「すべては自然という書物に書かれている。人はそれを読む努力をしなければならない」と語る自然主義や、自然界に見られる曲線・曲面の多用、繊細な光と色の演出、装飾的な建築といったガウディの特質はこの頃から育まれていた。1873~77年にかけてバルセロナの建築学校で建築を学び、学生ながら学費を稼ぐためにさまざまな建築家の下で働き、設計や装飾に携わった。1878年に建築家の資格を得た後、デビュー作としてバルセロナ・レアル広場の街灯、パリの手袋屋のキオスク・ショー・ケース、マタロの労働組合本部を手掛けた。このうちパリ万国博覧会に出展されたショー・ケースが繊維会社を経営するエウゼビ・グエルの目に留まり、以後40年にわたってガウディを支援した。作品の中に「グエル」の名が目立つが、これらは彼の発注によるものだ。1883年、前年に建設がはじまっていたサグラダ・ファミリアの設計士に抜擢され、1926年に亡くなるまでライフ・ワークとして携わりつづけた。

サグラダ・ファミリアの正式名称は "Templo Expiatorio de la Sagrada Familia" で「聖家族の贖罪寺院」を意味し、日本語ではしばしば「聖家族贖罪教会」と訳される。「聖家族」はイエスと聖母マリア、養父ヨセフの一家を示し、「贖罪」は罪を償うこと、特にアダムとイブ以来の全人類が持つ原罪をイエスが犠牲になることで贖うことを表す。また、ひとつの贖罪としての喜捨行為によって賄われる教会を「贖罪教会」「贖罪礼拝堂」などと呼ぶ。サグラダ・ファミリアはローマ・カトリックのサン・ホセ教会が贖罪教会として1882年に建設を開始した教会堂で、地元の建築家フランシスコ・ヴィリャールが設計を担当した。意見の対立から辞任すると、翌年2代目の設計士としてガウディが起用され、教会は1から設計し直された。ガウディは役所に提出する簡単な図面を除いてほとんど設計図を描かず、数学的な計算式も使わず、紐と錘を用いて「逆さ吊り模型」によって設計を行った。計画された教会堂はきわめて巨大なもので、あまりの規模から完成に300年はかかるといわれ、ガウディは晩年、教会堂にこもって作業を進めたが生前に完成したのは東ファサードにあたる聖誕のファサード、クリプト、アプス(後陣)の一部にすぎなかった。1936~39年のスペイン内戦やそれに続く第2次世界大戦でほとんどの資料が失われたため、現在は職人の聞き取りやわずかなデッサンを元に建設が続けられている。

サグラダ・ファミリアは北に至聖所を置いた117×82.5mほどのラテン十字式の平面プランで、南の栄光のファサードが正門となる。「栄光」はイエスの復活や昇天といった奇跡を示しており、東ファサードの「聖誕」、西ファサードの「受難」とともにイエスの生涯を描いている。完成している聖誕のファサードと受難のファサードの趣はまったく異なり、聖誕が曲線を多用し自然のモチーフをふんだんに使った自然賛美・生命賛歌を思わせる繊細で明るい装飾で覆われているのに対し、受難は最後の晩餐やヴィア・ドロローサ(十字架を背負って歩いた十字架の道行き)、磔刑などが直線的で著しくデフォルメされた現代彫刻で描き出されている。全体的にゴシック・リバイバル様式に近いトゲトゲしいデザインだが、ガウディらしい曲線や動植物のモチーフを多用しており、モデルニスモ(カタルーニャ風アール・ヌーヴォー)的展開が見られる。内部は高さ30~60mにもなる巨大な空間で、36基の柱が林のように立ち並んでいる。自然で原始的とさえ感じられるが、ゴシック的なステンドグラスや天井のミニマルで近未来的なデザインも見られ、独創的で神々しい空間が広がっている。塔は9基が完成しているが、最終的にはイエス、マリア、十二使徒、4福音記者に捧げられた18基が立つ予定で、中央のイエスの塔は高さ172.5mで世界でもっとも高い教会堂になる予定だ。

カサ・ビセンスはガウディが建築家として最初から最後まで担当した最初のプロジェクトで、陶磁器工場の社長であるマヌエル・ビセンスの夏の別邸として1883~88年に建設された。平面34.5×30m・地上3階・地下1階のレンガ造で、塔や柱・出窓・レンガの配置・配色など随所にイスラム教建築の影響が見られる。これは15世紀にレコンキスタ(国土回復運動)が完了するまでスペインがイスラム教国の支配下にあった歴史的背景を示しており、イスラム教建築では草花など自然をモチーフとしたアラベスクが発達したが、スペインではキリスト教とイスラム教の建築・装飾が融合したムデハル様式や、装飾に貝殻や魚などのモチーフを組み込んだイザベル様式などでこの伝統が伝えられた。モデルニスモはこうした伝統を開花させたもので、カサ・ビセンスにその萌芽が見られる。

グエル邸は1886~90年に建設されたガウディ初期の代表作で、別邸として設計されたが、依頼主であるグエルはその出来に満足して本邸として使用していた。平面22×18mの地上4階・地下1階で、ムデハル様式やビザンツ様式などを融合させた独自の建築の随所に曲線を多用したモデルニスモの装飾が見られる。ポータル(玄関)はふたつの大きな放物線アーチで、曲線的な装飾が多用されており、不死鳥フェニックスが中央を飾っている。地下厩舎はローマ建築を思わせるレンガ造、ポータルは中世の宮殿のような大理石造、1階は一転して木材が多用され、雰囲気はそれぞれ異なる。圧巻は吹き抜けの中央サロンで、星々をあしらったドームの下にパイプオルガンやステンドグラス、黄金の窓枠が光り輝いている。屋上は一転して近未来的なデザインで、14基の煙突はトレンカディス(粉砕タイル。砕いた陶磁器片を貼り合わせたカタルーニャ風モザイク画)で彩られ、現代的な芸術空間となっている。

グエル公園はバルセロナを一望する高台に位置し、モデルニスモの最高峰と評される公園だ。森林伐採によって「ペラダ山(禿げ山)」と揶揄された一帯を購入したグエルは、工業化する町に対するアンチテーゼとして「自然と芸術」をテーマに掲げ、ガーデンシティ計画を進めた。グエル公園は60棟からなる新興住宅街の中央庭園としてガウディに設計され、1900~14年に建設が進められ、未完まま終了した。園内に直線や鋭角はほとんど存在せず、すべてが曲線や曲面・波で表現された柔らかなデザインで、テーマ・パークのように華やかかつユニークな造形ながら木々や花々とよく調和している。人と環境に対する気遣いに満ち、公園を造る際の廃石を高架橋に転用したり、鳥や草花が生育しやすい形のデザインであったり、排水や集水システムを整備するなど機能性も考慮された。しかし、先鋭的すぎるデザインやアクセスの悪さ、高価格、第1次世界大戦の混乱等で住宅はほとんど売れず、庭園は市に売却された。ガウディが購入した1棟はガウディの家博物館として公開されている。

カサ・バトリョは1875年に建設された建物で、実業家ジュゼップ・パトリョ・イ・カザノバスがガウディに改修を依頼して1904~06年に作業が進められた。建物はもともと平面21.0×14.5mの4階建てだったが、5階と地下室を増築して高さ32mとなり、中央に吹き抜けのパティオを取り付けるなど大規模な改修が施された。曲線・曲面を多用したモデルニスモの典型的な邸宅だが、それらはデザインであるだけでなく機能性を重視した結果であり、ガウディは階段の手すりやドアノブからイスの背もたれに至るまで何度も使い心地を試して形とサイズを決定したという。パティオでは下層ほど窓が大きく青が薄くなっているが、いずれの階も同様に快適な光と色を届けるための工夫だった。屋上はトレンカディスで装飾された27基の奇抜な煙突が立ち並んでいる。骨組のような造形を持つファサードから「骨の家」の異名を持つが、カタルーニャ地方の守護聖人サン・ジョルディのドラゴン退治を模しているという説もある。

カサ・ミラは実業家ペレ・ミラと夫人の依頼で1906~10年に建設された集合住宅で、56×34mの敷地に高さ30m・地上6階・地下1階で完成した。夫妻は完成後「プランタ・ノブレ(高貴なフロア)」と呼ばれる3階に住んで他のフロアを貸し出しており、現在も4室が貸し出されている。ファサードは地中海からインスピレーションを得たという曲線と曲面で構成され、それぞれデザインが異なる海藻のような鉄製バルコニーを備え、窓の大きさも上階は小さく下層は大きいなど光量等に応じて形や色を変えている。こうした外観が岩窟住居を思わせることから人々は「石切場(ラ・ペドレラ)」と呼んでいた。中央には吹き抜けのパティオがあり、やはり曲面で構成され、随所に動植物や貝殻など自然をモチーフとした装飾が見られる。屋上はユニークな32基の煙突と換気塔を備え、ローマ兵の兜を象っていることから「兵士のオブジェ」と呼ばれている。

コロニア・グエルは「自然と芸術」をコンセプトにグエルがサンタ・クローマ・ダ・サルバリョーに築いた繊維工場を中心とする計画都市で、L字型の土地の中央に工場を建て、両端に学校と教会を配置し、その間に住宅や劇場などの施設を建設して周囲を緑で囲んだ。その中でガウディはコロニア・グエル教会の設計を担当した。オファーがあったのが1898年で、10年を経た1908年にようやく建設がはじまり、1914年に半地下のクリプトが完成したところで建設は中断された。翌年に奉献されて教会堂として使用がはじまったが、1918年にグエルが亡くなるとプロジェクトは放棄され、上層の建設は断念された。教会は63×25mほどの楕円形で、曲面で覆われた地層のような壁面で囲まれている。内部は動物の体内を思わせる不思議な空間が広がっており、骨のようなアーチを組み合わせた天井、チョウや甲虫を模したステンドグラス、貝殻の洗礼盤、すべて形が異なる柱、自身でデザインしたベンチなど、ガウディの自然主義的な世界観が凝縮している。

■構成資産

○サグラダ・ファミリアの聖誕のファサードとクリプト

○カサ・ビセンス

○グエル邸

○グエル公園

○カサ・バトリョ

○カサ・ミラ

○コロニア・グエル教会のクリプト

■顕著な普遍的価値

本遺産の推薦当初、20世紀初頭の建築遺産を代表するものであるとして登録基準(iii)「文化・文明の稀有な証拠」、19世紀後半~20世紀初頭のモデルニスモを含むカタルーニャの文化運動を代表するものとして登録基準(vi)「価値ある出来事や伝統関連の遺産」でも推薦されていた。しかし、ICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)は他の基準で適切にカバーされているとして適用を認めなかった。

また、2005年の拡大時に12件を推薦していたが、拡大登録が認められた物件は4件に留まった。推薦されながら登録に至らなかった物件は、グエル・パビリオン、サンタ・テレサ学院、カサ・カルベット、トッレ・フィゲラス=ベリェスグアルド、エル・カプリチョ、アストルガ司教館、カサ・ボティネス、マヨルカ大聖堂の8件。

○登録基準(i)=人類の創造的傑作

アントニ・ガウディの作品群は19世紀後半~20世紀初頭にかけての建築と建築技術の発展に例外的かつ卓越した創造的貢献をしている。

○登録基準(ii)=重要な文化交流の跡

アントニ・ガウディの作品群はカタルーニャのモデルニスモに代表されるように時代の文化的・芸術的潮流と密接に関係した重要な価値観の交流を示している。20世紀の近代建築の発展に関連した多くの形態や技術を先取りし、さまざまな影響を与えた。

○登録基準(iv)=人類史的に重要な建造物や景観

アントニ・ガウディの作品群は20世紀初頭の公共・住宅建築に卓越したサンプルを提供し、その類型となった。ガウディはそれらの開発を通してきわめて重要な創造的貢献を行った。

■完全性

いずれの構成資産も高いレベルで完全性を保っており、都市や自然など周辺環境と良好な関係を維持している。グエル公園はもともと私的な居住空間だったが、現在では公共の公園・緑地として文化的・観光的な施設として利用されており、形状や装飾はもちろん機能・目的についても完全性を維持している。カサ・ミラとカサ・バトリョはガウディによって改装された建物で、集合住宅としてのデザインがほぼ維持されており、現在ではオフィスや文化・観光施設といった他の用途と組み合わせて使用されている。カサ・ビセンスの場合は当初の物理的な外観を維持しつつ私的な邸宅としての機能を維持しており、長きにわたって居住されている。コロニア・グエル教会のクリプトは教会の大規模プロジェクトの一環として建設された唯一の建物であり、いまなお教会堂として使用されていて機能も維持されている。クリプトの完成後に仮の屋根が架けられたが、ガウディが設計したクリプトの全体的な完全性は維持されている。サグラダ・ファミリアはガウディの存命中に建てられた聖誕のファサードとクリプトについて完全性が保持されている。現在、教会堂としても本来の用途・機能に対応しており、宗教的な象徴性を維持しつつバルセロナのランドマークとなっている。

■真正性

構成資産は一般的に高いレベルで真正性を維持しており、修復作業についても真正性を考慮して行われている。グエル邸は保存状態を改善し、文化的利用を促すために全体的な修復を行って建築的・装飾的特徴の真正性が強化された。グエル公園は公共施設としてオープンスペースで利用されており、風雨による損傷に対してつねにさまざまな修復が適切に行われている。カサ・ミラも保存状態を改善し、屋根や屋根裏部屋、プランタ・ノブレといった独創的な特徴を際立たせ、文化的利用や一般見学に対応するために総合的に修復された。カサ・ビセンスについてはわずかな保全・修復作業しか行われていない。カサ・バトリョは保存状態を改善し、文化的な利用を促進するために修復されている。コロニア・グエル教会ではガウディ設計のクリプトを保存・統合し、未完のまま終わった階段と劣化した仮設屋根に代わって新しい屋根が架けられた。この屋根は現代的なデザイン基準に基づいており、周辺からの視界を妨げないよう控え目な造りとなっている。また、柱に掛かる荷重も設計時と異なるなど構造上の問題もあったが、それでも復元はガウディのデザインに沿って行われ、独創性や真正性を失っていない。サグラダ・ファミリアについて、ガウディが直接指揮した部分、聖誕のファサードとクリプトは素材・形状・完成度といった点で真正性が保たれている。現在も継続されている教会堂の建設工事について、科学的に検証された証拠とガイドラインに基づいてガウディが計画したプロジェクトを推進する形で進められており、完成に近づいている。

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