アンテケラはスペイン南部アンダルシア州の都市で、グラナダの西90km、マラガの北35kmほどに位置している。周辺は古代遺跡の宝庫で、特にドルメン(支石墓)やトロス(円形神殿・円形墳墓)といったメガリス(巨石記念物)や集落跡で知られている。世界遺産の構成資産はメンガとヴィエラのドルメンと、エル・ロメラルのトロス、自然公園となっているペーニャ・デ・ロス・エナモラドス、エル・トルカル・デ・アンテケラの5件(構成資産としてメンガとヴィエラは合わせて1件とされている)。
アンテケラ周辺では新石器時代(紀元前4500〜前1800年)や青銅器時代(紀元前1800〜前800年)の数多くのメガリスが発見されている。代表的なメガリスが「ドルメン」と呼ばれる天井石を複数の支石で支えた支石墓で、メンガとヴィエラでは30前後にもなる巨石を駆使して天井石となっているリンテル(まぐさ石。柱と柱、壁と壁の間に水平に渡した石)を支えている。一方、エル・ロメラルは「トロス」と呼ばれる円形墳墓で、最奥部に円形のふたつの石室を備えている。石室は壁の石を内側に少しずつ張り出させて中央付近で接続するコーベル・アーチ(持送りアーチ/疑似アーチ)を応用したコーベル・ドームで、蜂窩状墳墓(ほうかじょうふんぼ。コーベル・ドームを使用した玄室を持つ蜂の巣状の墳墓)となっている。
メンガ・ドルメンは紀元前4000~前3000年、一説では紀元前3750~前3650年の建設とされる遺跡で、直径50mほどのマウンド(墳丘・墳丘墓)の中に築かれている。このマウンドは石の構造が完成した後、土で覆ったものと考えられている。壁をなす25個の支石と中央に列をなす3本の石柱で5個の天井石を支えており、もっとも大きな石の重量は180t、巨石の総重量は835tに及ぶと推定されている。これらの巨石で全長27.5m・幅6.0m・高さ2.7~3.5mほどの石室を確保し、最奥部には井戸が掘られている。支配階級の墓と見られるが、19世紀の発掘調査では数百体の遺骨が発見されている。石室は北東を向いており、7km先にあるペーニャ・デ・ロス・エナモラドスを指していると見られる。この方角は夏至の日の出の方角でもあり、太陽の運行と関連付けられていた。
ヴィエラ・ドルメンはメンガ・ドルメンの南西に隣接する遺跡で、建設年代は紀元前3400~前3000年ほどと考えられている。やはり直径50mほどのマウンドで覆われており、内部には全長21.5mの羨道(玄室への通路)が走っている。奥には巨石27個で形成された高さ2.1m、1.8m四方の正方形の石室があり、玄室と見られるが遺骨も遺灰も発見されていない。羨道は真東から南へ6度ほどズレており、春分と秋分の日の出が石室を照らす構造となっている。
エル・ロメラルのトロスはメンガ・ドルメンの北東1.6kmほどに位置する円形墳墓で、紀元前3300〜前2200年の建設と見られる。直径75mのマウンド内にあり、全長26mの羨道の奥に直径5.2m・高さ4.0mの大石室と、直径2mほどの小石室を有している。石室はいずれもコーベル・ドームで、大石室はイベリア半島最大のコーベル・アーチ構造だ。小石室は玄室、大石室は供物などを捧げた祭祀場だったようで、遺骨や陶器・貝殻などが発見されている。羨道は南に近い南西を向いているが、イベリア半島のドルメンはほとんど東向きで西向きの羨道はきわめて珍しく、エル・トルカル・デ・アンテケラの方角を示していると見られる。以前はメンガとヴィエラのドルメンと同文化のものとされていたが、構造の違いなどから東200kmほどに位置するロス・ミリャレス遺跡の文化と結び付きが強いと考えられている。
ペーニャ・デ・ロス・エナモラドスは平野から突き出した標高880mの岩山で、エル・ロメラルの北東5.3kmほどに位置する。メンガ・ドルメンから見て夏至に太陽が昇る方角にあり、また平野にポツリとたたずむ視認性と、人の横顔を思わせるユニークな形状から一種の聖域だったと思われる。麓にあるマタカブラス洞窟では紀元前4000年ほどまでさかのぼる壁画が発見されており、住居や神殿として使用されていた。名称の日本語訳は「恋人たちの岩」で、恋を許されなかったイスラム教徒の娘とキリスト教徒の奴隷が手を取り合って身を投げたという伝説に由来する。
エル・トルカル・デ・アンテケラはメンガ・ドルメンの南6.5kmほどに位置する標高800~1,136mの山地で、石灰岩を中心としたカルスト台地となっている。水が浸透しやすく水に溶けやすい台地が雨や川・地下水に侵食されて、ギザギザした溝が付いたカレンや、カレンが林立したカレンフェルト、地下河川に穿たれた鍾乳洞といったカルスト地形が広がっている。新石器時代や銅器時代(金石併用時代)の数々の集落跡が発見されており、エル・トロ洞窟では紀元前6000~前3000年ほどの石器や陶器・織物・動物の骨・穀物の種子などが発掘されている。
本遺産は登録基準(ii)「重要な文化交流の跡」でも推薦されていたが、戦略的重要性を持つ地域であり、地中海と大西洋の影響を受ける場所で文化の交流が盛んに行われていたという主張に対し、ICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)は証拠が限られており十分に実証されていないと評価した。
メンガ、ヴィエラ、エル・ロメラルの3遺跡はヨーロッパ巨石文化のもっとも重要でもっともよく知られた遺跡であり、巨石の数・大きさ・重さ・体積・形状といった点からヨーロッパ先史時代のもっとも重要な工学的・建築的成果であるといえる。これらは疑いなく人類の創造的な才能を示す傑作である。
アンテケラのドルメン遺跡はイベリア半島の新石器時代と青銅器時代の高度に組織化された先史社会の葬儀や儀式について特別な洞察を提供している。また、ドルメンやトロスが単独で意味を持つだけでなく、周囲に存在する自然のモニュメントや秋分・夏至・春分の日の出といった自然の現象と関連付けて特別な意味・概念を与えている。メンガは神格化された山(ペーニャ・デ・ロス・エナモラドス)の方角に向けられたヨーロッパ大陸唯一のドルメンであり、エル・トルカル山脈に面したエル・ロメラルのトロスは西を向いたイベリア半島では数少ないメガリスのひとつである。3つの遺跡はふたつの自然のモニュメントとともにすでに消滅してしまったきわめて独創性の高い文化の伝統をいまに伝えている。
アンテケラのドルメン遺跡はメンガ、ヴィエラ、エル・ロメラルという3つのメガリスを中心とした遺跡群であり、西ヨーロッパで建設された葬儀・儀式のモニュメントとして人類の歴史の重要な段階を示している。メンガとヴィエラに見られるリンテル構造の建築と、エル・ロメラルに見られるコーベル・アーチ構造の建築は、イベリア半島に見られる巨石文化を代表するものである。こうした遺跡群とふたつの自然のモニュメントとの関係は非常にユニークで、この遺産のオリジナリティを強化している。
アンテケラの3つのすぐれた巨石建築は顕著な普遍的価値を持つすべての要素を有し、統一性を保っており、十分な大きさが確保されていて完全性を満たしている。状態も良好で、内部の構造のみならず周囲のマウンド部分についてもほとんど無傷で維持されている。これまでに多くの保全・統合・修復作業が行われてきたが、修復箇所は認識可能であり、専門家による研究成果や専門技術を投入して適切に行われている。ただ、3遺跡の周辺は工業・商業的な開発が進んでおり、過去20年の間に都市とインフラの発展によって環境は悪化しており、完全性は脆弱になっている。
ふたつの自然のモニュメントは地形と動植物相という重要な特徴を維持しており、人間の介入を経験することなくほぼ手付かずで保たれている。
これまでに行われた一連の調査で遺跡の年代や石室の石材の真正性、発見された地域などについて一致した結論が得られている。3遺跡の形状・デザインは構造の修復と保護のための作業が必要だったにもかかわらず大きな変化は見られなかった。イベリア半島を含む西ヨーロッパの巨石文化のふたつの偉大な伝統建築、すなわち新石器時代のリンテル構造と銅器時代のコーベル・アーチ構造が共に見られる稀有な遺跡であり、すべての要素にこうした人類の途方もない才能を示す感性と精神が宿っている。こうした要素の真正性は疑う余地がない。