アラゴン州のムデハル様式の建築

Mudejar Architecture of Aragon

  • スペイン
  • 登録年:1986年、2001年重大な変更、2016年軽微な変更
  • 登録基準:文化遺産(iv)
  • 資産面積:4.269ha
  • バッファー・ゾーン:20.063ha
世界遺産「アラゴン州のムデハル様式の建築」、サンタ・マリア・デ・メディアヴィーリャ大聖堂の塔
世界遺産「アラゴン州のムデハル様式の建築」、サンタ・マリア・デ・メディアヴィーリャ大聖堂の塔
世界遺産「アラゴン州のムデハル様式の建築」、サルヴァドール教会の塔
世界遺産「アラゴン州のムデハル様式の建築」、サルヴァドール教会の塔 (C) Tagarino
世界遺産「アラゴン州のムデハル様式の建築」、サンタ・マリア・ラ・マヨール教会の塔
世界遺産「アラゴン州のムデハル様式の建築」、サンタ・マリア・ラ・マヨール教会の塔
世界遺産「アラゴン州のムデハル様式の建築」、ラ・セオの塔と新古典主義様式の西ファサード
世界遺産「アラゴン州のムデハル様式の建築」、ラ・セオの塔と新古典主義様式の西ファサード
世界遺産「アラゴン州のムデハル様式の建築」、アルハフェリア宮殿
世界遺産「アラゴン州のムデハル様式の建築」、アルハフェリア宮殿
世界遺産「アラゴン州のムデハル様式の建築」、アルハフェリア宮殿、王座の間の格天井
世界遺産「アラゴン州のムデハル様式の建築」、アルハフェリア宮殿、王座の間の格天井。ムデハル様式ではこのような木造格天井がしばしば見られる

■世界遺産概要

スペイン東部のアラゴン州に残るムデハル様式の教会堂や宮殿・塔を登録した世界遺産。8世紀のイスラム教勢力の侵略に対してキリスト教勢力が国土回復運動=レコンキスタを進めて国土を奪還した後、イスラム教とキリスト教の芸術が融合したムデハル芸術が誕生し、地域を華やかに彩った。なお、本遺産は1986年にサンタ・マリア・デ・メディアヴィーリャ大聖堂の塔・屋根・ドーム、サン・ペドロの教会と塔、サン・マルティン教会の塔、サルヴァドール教会の塔の4件を構成資産として「テルエルのムデハル様式の建築 "Mudejar Architecture of Teruel"」の名称で世界遺産リストに登録された。2001年にサンタ・マリア・ラ・マヨール教会のアプス(後陣)・クロイスター(中庭を取り囲む回廊。ペリスタイルが発達したもの)・塔、サンタ・テクラ教区教会、サンタ・マリア教会、アルハフェリア宮殿のムデハル様式の遺跡、サン・パブロの教区教会と塔、ラ・セオ(サルヴァドール大聖堂)のアプス・パロキエタ・ドームの6件を追加して計10件に拡大され、現在の名称に改められた。2016年には一部の構成資産のバッファー・ゾーンが拡大され、その他若干の修正が行われた。

○資産の歴史

6~7世紀、アラゴンを含むイベリア半島の大半はゲルマン系西ゴート人が418年に建てたキリスト教国家・西ゴート王国の版図となった。しかし、711年にイベリア半島に侵出したイスラム王朝ウマイヤ朝は半島を席巻し、714年にはアラゴン周辺を支配下に収めた。イベリア半島北東部のバスク地方はピレネー山脈によって分断されたフランスのフランク王国とイベリア半島の西ゴート王国の間に位置して半ば独立しており、ウマイヤ朝の侵略に対しても激しく抵抗した。8~9世紀にはパンプローナ王国やナバラ王国を建てて独立し、レコンキスタに乗じて領土を大幅に拡大した。1035年、ナバラ王サンチョ3世の庶子(正妻以外の子)であるラミロ1世に領土を分割してアラゴン王国が成立。1118年、アラゴン王アルフォンソ1世がサラゴサを奪還すると、都をサラゴサに遷した。

一方、アラゴン王国の東のカタルーニャ地方では8世紀末にフランク王ルートヴィヒ1世(ルイ1世/ルイ敬虔王)がバルセロナを奪還してスペイン辺境伯領を打ち立てた。やがてバルセロナ伯がカタルーニャ君主国として独立すると、12世紀前半にアラゴン王国と連合を組んでアラゴン=カタルーニャ連合王国が成立。そして1469年にアラゴン王フェルナンド2世とカスティリャ女王イザベル1世のふたり(カトリック両王)が結婚して連合し、1479年に合併して事実上スペイン王国が誕生する。

アラゴンは8世紀以降、ムーア人(イベリア半島のイスラム教徒)の支配下にあったが、12世紀までにレコンキスタによって奪還された。キリスト教徒たちはムーア人が残した町に入植し、また町に残ったムーア人たちと共存し、イスラムの街並みやイスラム教芸術を破壊せずに取り込んだ。こうして両宗教の芸術様式が融合したムデハル様式が誕生した。

アラゴンのムデハル芸術は12~13世紀の開発・導入期の初期、14~15世紀の発展・拡大期の中期、16~17世紀の残存・衰退期の後期の3期に分類される。最初期のムデハル様式は12世紀前後のダロカやテルエルで誕生し、ロマネスク様式と融合した(ロマネスク・ムデハル様式)。14~15世紀にサラゴサを中心にアラゴン全域に普及したが、この時代にフランスやドイツからゴシック様式が輸入されたため両者の融合が進んだ(ゴシック・ムデハル様式)。16世紀に入るとルネサンス様式やプラテレスコ様式(スペイン特有の細かな装飾を特徴とするルネサンス様式)も加わったが(プラテレスコ・ムデハル様式)、これ以降は様式の融合は進まなかった。15世紀後半にスペインが成立すると、16世紀にイスラム教徒にキリスト教への改宗を強制し、17世紀はじめにはモリスコ(キリスト教に改宗したイスラム教徒)の追放が行われた。16世紀頃からムーア人の北アフリカへの移住が進み、17世紀にはほとんど姿を消し、ムデハル様式も消滅した。

○資産の内容

テルエルのサンタ・マリア・デ・メディアヴィーリャ大聖堂(テルエル大聖堂)はムデハル様式の最初期の作品のひとつで、大聖堂は1171年、塔は1257年、交差廊のドームは1538年の建設で、レンガと切石の石造建築だ。ムデハル様式らしい木造屋根で知られ、極彩色のレリーフや絵画で装飾された身廊の見事な格天井(正方形や八角形の格間を組み合わせた天井)は「ムデハル様式のシスティーナ礼拝堂」の異名を持つ。塔は門塔・物見塔・時計塔・鐘楼を兼ねたもので、正方形の形状はイスラム教建築のミナレット(礼拝を呼び掛けるための塔)の影響で、彩釉タイルや連続交差アーチといった装飾もイスラム装飾を取り入れたものだ。アプスはゴシック・ムデハル様式、ドームはプラテレスコ・ムデハル様式と、ひとつの建物の中にムデハル様式の発展史を留めている。

テルエルのサン・ペドロ教会の創建は1220年にさかのぼるが、14世紀に破壊され、1392年に再建された。名高いのはクロイスターで、ゴシック様式の尖塔アーチや交差リブ・ヴォールトが並ぶ見事なゴシック・ムデハル様式で知られる。塔は13世紀後半のもので、大聖堂の塔とよく似たデザインを見せている。

テルエルのサン・マルティン教会の塔も同様で、14世紀前半の創建だが、16世紀半ばに石の土台を追加して大幅に改装された。テルエルの他の塔と同様、正方形の平面プランでレンガの外壁に彩釉タイルの装飾が施されており、柱とアーチの装飾も見られる。

テルエルのサルヴァドール教会の塔もよく似ており、14世紀の建設でいっそう繊細な装飾で覆われている。エル・サルヴァドール通りを股に掛ける形で立っている。

カラタユのサンタ・マリア・ラ・マヨール教会はもともとムーア人のモスクを教会堂に転用したもので、17世紀に再建されたが、14世紀に築かれたアプス・クロイスター・塔は引き継がれている。塔は八角形の尖塔で、イスラム王朝ムワッヒド朝期のミナレットの影響を受けている。バロック様式の先端部は18世紀に取り付けられたものだ。

セルベラ・デ・ラ・カニャーダのサンタ・テクラ教区教会は14世紀末~15世紀はじめの建設で、城跡に建てられたため要塞風の造りとなっている。正方形の塔、教会の天井、タイル装飾や壁画などにムデハル様式が見られる。

トベドのサンタ・マリア教会は14世紀後半の建設で、南ファサードと塔はムデハル様式のレリーフで覆われており、極彩色の天井装飾も名高い。

サラゴサのアルハフェリア宮殿は11世紀にイスラム小王朝タイファのひとつであるハヌ・フドゥ朝のムクタディル の居城として築かれた。1118年にアルフォンソ1世がサラゴサを落とすと都を遷し、ここを宮殿として整備した。14世紀にペドロ4世がムデハル様式で改装し、15世紀にカトリック両王が改修を行い、16世紀にはルネサンス様式の要塞建築を取り入れた。モスクなどイスラム教時代の特徴を残すタイファ宮殿、ムデハル様式で彩られたペドロ4世宮殿、ゴシックやルネサンス様式を取り入れたカトリック君主宮殿など多彩な建築・装飾が混在している。コルドバのメスキータ(世界遺産)、グラナダのアルハンブラ宮殿(世界遺産)と並んで3大イスパノ・モレスク建築(イスラム教建築の影響を受けたスペインの建築)に数えられている。

サラゴサのサン・パブロ教区教会は13~14世紀の建設で、ムワッヒド朝期のミナレットの影響を受けた八角形の塔が特徴的だ。ムデハル様式だが、後に改修されてルネサンス様式の装飾とバロック様式の尖塔が加えられた。見事な主祭壇はダミアン・フォルメントによる16世紀の傑作だ。

サラゴサのラ・セオ(サルヴァドール大聖堂)はタイファの時代のモスクを取り壊し、12世紀にロマネスク様式で建設された。アラゴン王家の教会堂として使用され、代々の戴冠式が行われた。14世紀にゴシック様式で改修され、16世紀に八角形のドームがルネサンス様式で再建され、17世紀には高さ90mの塔がバロック様式で再建された。これらはムデハル様式と融合しており、その発展史を示している。パロキエタはサン・ミゲル葬祭礼拝堂とも呼ばれる建物で、ムデハル様式のレリーフで埋め尽くされた美しい外壁で知られる。他にもルネサンス様式の傑作として名高いサン・ベルナルド礼拝堂や、ファン・デ・アンチェタの彫刻で覆われた大天使ミゲル・ガブリエル・ラファエル礼拝堂などすぐれた礼拝堂を数多く有している。

■構成資産

○サンタ・マリア・デ・メディアヴィーリャ大聖堂(テルエル大聖堂)の塔・屋根・ドーム

○サン・ペドロの教会と塔

○サン・マルティン教会の塔

○サルヴァドール教会の塔

○サンタ・マリア・ラ・マヨール教会のアプス・クロイスター・塔

○サンタ・テクラ教区教会

○サンタ・マリア教会

○アルハフェリア宮殿のムデハル様式の遺跡

○サン・パブロの教区教会と塔

○ラ・セオ(サルヴァドール大聖堂)のアプス・パロキエタ・ドーム

■顕著な普遍的価値

○登録基準(iv)=人類史的に重要な建造物や景観

アラゴン州のムデハル様式の建築は12~17世紀の数世紀の間に発達した独自のデザインとテクノロジーを有する建築の代表的な例である。キリスト教徒・イスラム教徒・ユダヤ教徒の知識と経験の交換を通じて、文化の共存や建築に関するデザイン・技術の融合が進められた。構造的にも形式的にもムデハル様式の建築技術の進化を体現しており、審美的な美的プロセスとして建築・陶芸・木工・絵画といった種々の芸術形態の統合を象徴している。

■完全性

ムデハル様式の建築は、ムーア人が12世紀にアラゴン王国に留まることを許されてから17世紀はじめに追放されるまでの時代に発展した。ムデハル建築の統一的な特徴として、建築の構造や装飾に絵画やモルタル細工、木工細工、金銀装飾、陶磁器といったさまざまな芸術技法を導入している点が挙げられる。17世紀の歴史的・社会的要因によりムデハル様式の伝統は衰退し、ルネサンスやバロックといった他の芸術様式に取って代わられたが、アラゴン特有の芸術様式を持つ多くの作品が現代まで生き残っており、ネオ・ムデハル様式と呼ばれる新潮流をも生み出している。

構成資産のうち9件は宗教建築で現在も使用されており、すぐれた保存状態が維持されている。残る1件であるサラゴサのアルハフェリア宮殿は建物の一部が異なる用途に使用され、構築物に大きな影響を与えた。幸いムデハル様式の部分については影響が小さく、丁寧な修復作業もあってよい状態を保っている。一般的にムデハル様式の建造物は気候や人的影響・劣化などに対して脆弱である。教会が9件の構成資産を使用し、アラゴン議会がアルハフェリア宮殿を評議会議場として活用することで、継続的な保全と脅威からの保護が保証されている。しかし、こうした継続的な使用は無抑制的な改変や、改変に関連する問題を引き起こす要因にもなりうる。そのため適切な保全には管理・保存計画の策定がきわめて重要なものとなる。また、構成資産は周辺環境との関係も考慮される必要がある。文化財に関する法律や都市計画に盛り込まれた規制措置の実施は、建造物と歴史的背景との関係が将来にわたって維持されることを保証するために不可欠である。

■真正性

ムデハル様式はその特殊な歴史的背景からスペイン特有で他に類を見ない様式である。特にアラゴン州のムデハル建築は形状・技法・素材といった点で独創的で際立っている。そのひとつの特徴が屋根と天井の装飾で、極彩色の絵やレリーフで彩られており、モチーフは紋章や幾何学図形から植物・動物・中世の日常生活や物語まで多彩だ。特にテルエルのサンタ・マリア・デ・メディアヴィーリャ大聖堂では宗教的なシーンや伝統的な大工仕事のシーン、イスラム教徒との戦闘シーン、王や貴族・軍人などさまざまな階層の人物表現から中世の動物寓話まで、多彩なモチーフを見ることができる。

サラゴサのアルハフェリア宮殿とラ・セオ、テルエルの教会の塔については建設過程を記録した文書が保存されており、依頼者や参加したマスター(職人の親方)・工事日程・費用などの詳細が記されている。これらの文書にはカスティリャ語(スペイン語)に残るアラビア語の用語が多数含まれており、こうした多文化性は歴史的な文脈の中で真正性を証明している。また、セルベラ・デ・ラ・カニャーダのサンタ・テクラ教区教会とトベドのサンタ・マリア教会では建設を担当したマスターが教会堂の内壁に碑文を彫ったり塗ったりして記録を残している。

今日ではムデハル建築はひとつの芸術様式として確立されており、一連のモニュメントによって証明されている。保全においては建造物が本来意図していた使用法と機能を維持することが重要で、修復については国際的に確立された原則を尊重し、すべての作業で適切な技術と素材を使用することが必要である。また、歴史地区内の位置関係や都市構造も維持されており、宗教建築については都市部において宗教的・政治的なハブとしての機能を保っている。アルハフェリア宮殿についてはもともとの孤立環境が保持されている。こうした環境的条件はすべての構成資産について適切に保護され維持される必要がある。

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