ドロットニングホルムの王領地

Royal Domain of Drottningholm

  • スウェーデン
  • 登録年:1991年、2019年軽微な変更
  • 登録基準:文化遺産(iv)
  • 資産面積:162.429ha
  • バッファー・ゾーン:3,227.63ha
世界遺産「ドロットニングホルムの王領地」、フランス式庭園から見た宮殿の西ファサード
世界遺産「ドロットニングホルムの王領地」、フランス式庭園から見た宮殿の西ファサード
世界遺産「ドロットニングホルムの王領地」、彫刻庭園の彫刻群とヘラクレスの噴水
世界遺産「ドロットニングホルムの王領地」、彫刻庭園の彫刻群とヘラクレスの噴水
世界遺産「ドロットニングホルムの王領地」、メーラレン湖に映える宮殿の東ファサード
世界遺産「ドロットニングホルムの王領地」、メーラレン湖に映える宮殿の東ファサード
世界遺産「ドロットニングホルムの王領地」、中国離宮
世界遺産「ドロットニングホルムの王領地」、中国離宮 (C) Arild Vågen
世界遺産「ドロットニングホルムの王領地」、警護テントのヴァクタルテット
世界遺産「ドロットニングホルムの王領地」、警護テントのヴァクタルテット
世界遺産「ドロットニングホルムの王領地」、ヨーティスカ塔
世界遺産「ドロットニングホルムの王領地」、ヨーティスカ塔 (C) Arild Vågen
世界遺産「ドロットニングホルムの王領地」、カントンガタンの住宅街
世界遺産「ドロットニングホルムの王領地」、カントンガタンの住宅街 (C) Holger.Ellgaard

■世界遺産概要

ストックホルム郊外のメーラレン湖に浮かぶローベン島に立つスウェーデン王家の宮殿で、17~18世紀北ヨーロッパ宮殿建築の最高峰とされ、「北欧のヴェルサイユ」と讃えられる。「ドロットニングホルム」は「王妃の小島」を意味し、数多くの王妃が建設に携わってスウェーデンのバロック&ロココ時代をリードした。なお、本遺産には当初バッファー・ゾーンが設けられていなかったが、2019年の軽微な変更で設定されている。

○資産の歴史

16世紀半ば、スウェーデン王ヨハン3世はローベン島にトルヴェスンドと呼ばれるルネサンス様式の宮殿を建設し、1580年頃に王妃カタジナ・ヤギェロンカに宮殿を贈ってドロットニングホルムと命名した。この建物は1661年に焼失している。

1662年、宮殿跡を国王カール10世の王妃ヘドヴィグ・エレオノーラが購入し、建築家ニコデムス・テッシン父子に新宮殿の建設を依頼した。1664年頃、平面160×50m・3階建てのバロック様式の本館が完成し、内部は彫刻家ニコラエス・ミリッヒやスタッコ(化粧漆喰)技師カロヴェ兄弟をはじめとする一流アーティストの作品で彩られた。特に評価が高かったのがメイン・フロアの吹き抜けの豪壮な階段だ。また、庭園はイタリア・ティヴォリのエステ家別荘(世界遺産)やフランス・パリ郊外のヴェルサイユ宮殿(世界遺産)の庭園を参考に、平面幾何学式のフランス式庭園(フランス・バロック庭園)が採用された。本館の西を幾何学的に区画して西にクロナン噴水、東にヘラクレスの噴水を配し、周辺にカスケード(階段状の連滝)を散りばめた。ヘラクレスの噴水の彫刻はドラゴンと戦うギリシア神話の英雄ヘラクレス像で、ヘドヴィグ・エレオノーラは周辺に彫刻を配置し、後に一帯は彫刻庭園と呼ばれた。1696年には本館北塔にあたる円形の宮廷教会の建設がはじまり、1730年頃に完成した。

1715年にヘドヴィグ・エレオノーラが亡くなると国王フレドリク1世と王妃ウルリカ・エレオノーラの手に渡り、フレドリク1世は1744年に王太子アドルフ・フレドリクとロヴィーサ・ウルリカの夫妻に結婚祝いとして宮殿を贈った。アドルフは1751年に王位に就くと、1771年に亡くなるまでこの地を王宮として使用した。ロヴィーサは宮殿をロココ様式に改装し、建築家カール・ホールマンに図書館やギャラリー、カール・フレデリック・アデルクランツに宮廷劇場や厩舎・中国離宮の設計を依頼した。

1777年にロヴィーサが州に売却した後、国有地となったが、ロヴィーサの息子である国王グスタフ3世が夏の離宮として改修して最盛期を迎えた。グスタフ3世はストックホルムからの道路を整備してアクセスを改善し、宮廷劇場に一流の劇団や演奏家を呼んで華やかな演奏会や舞踏会を主催した。宮殿のもっとも大きな変化が本館の西面に広がるイギリス式庭園(自然を模したイギリスの風景式庭園)で、建築家フレドリク・マグナス・パイパーの設計で池・島・運河・滝・木々・草地・橋・邸宅・神殿といった要素を自然に見えるように配して風光明媚な公園を築き上げた。園内のヨーティスカ塔(ゴシック・タワー)や中国離宮前のヴァクタルテット(警護テント)、劇場前庭といった象徴的な建物もこの時代の建設だ。ロヴィーサとともにロココ様式を推し進めたため、ふたりの時代は「ロココ時代」と呼ばれる。

1792年にグスタフ3世が暗殺されると宮殿は次第に使われなくなり、散発的に別荘として使用されたり演劇祭などのイベントが開催された。19世紀はじめに放棄されるが、19世紀半ばから国王オスカル1世が修復を行い、王妃ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネが国立ホールを建設した。オスカル2世が修復を引き継ぎ、20世紀はじめにグスタフ5世が宮殿を18世紀の外観に復元した。

1981年に国王カール16世グスタフと王妃シルヴィアが拠点をストックホルム宮殿からドロットニングホルム宮殿に移し、ふたたびスウェーデン王家の主要王宮となった。

○資産の内容

世界遺産の資産は宮殿や公園・庭園だけでなく周辺地域にも広がっている。

宮殿は約400年にわたる増改築や改修・改装を受けており、バロック様式とロココ様式を中心に、ゴシック様式やグスタヴィアン様式(18世紀に流行したスウェーデンの新古典主義様式)など多彩な様式の建築と装飾が見られる。全長160mほどの2~3階建てで220室を有し、中央に「日」形、左右に「コ」形のコートハウス(中庭を持つ建物)を持ち、それぞれの外側にドームを掲げた円形の北塔と南塔を左右対称に配している。宮殿で特に名高いのが階段で、大理石製のバロック階段でニコラエス・ミリッヒの神像やカロヴェ兄弟のスタッコ細工、ヨハン・シルヴィウスの天井画をはじめ豪奢な装飾で覆われている。ヘドヴィグ・エレオノーラの寝室も同様にバロック装飾で彩られており、スウェーデンでもっとも豪壮なバロック様式の一室とされる。隣の栄光のサロンも同様ながらロココ様式で改修されており、画家ダーフィト・エーレンシュトラールの天井画「スウェーデン王の栄光の偉業」は有名。北塔の宮廷教会は1730年に奉献された王室の教会堂だ。その隣が宮廷図書館で、白と金を基調としたロココらしい華麗な空間が広がっている。これ以外にも、カール10世の功績を画家ヨハン・フィリップ・レムケが巨大な絵画に描き出したカール10世のギャラリー、このギャラリーを模して築かれたカール11世のギャラリー、オスカル1世の時代のヨーロッパの為政者の肖像画を網羅したリクスサーレン、オスカル2世のコレクションを集めた磁器の間をはじめ、数多くの部屋がある。宮廷厩舎はロココ様式の厩舎で、現在は警備隊のオフィスとなっている。

宮殿の北に位置する宮廷劇場は約400席を有する劇場で、1762年の焼失後にバロック様式で再建された。現存する18世紀の数少ない劇場のひとつで、オペラ・フェスティバルをはじめ伝統的な公演が行われている。周辺には教会のパビリオンや狩猟のパビリオン、女王のパビリオン、元帥のパビリオンの4つの邸宅があり、王妃や息子、愛人といった関係者の離宮として使用されていた。

宮殿の周囲にはイギリス式の公園が広がっており、宮殿の東のパルテールと、西に延びる一角がフランス式庭園となっている。フランス式庭園のハイライトが彫刻庭園で、ヘラクレスの噴水やクロナンの噴水をはじめとする噴水群やカスケード(階段状の連滝)の周囲にオランダの彫刻家アドリアン・デ・フリースによる神々の像が配されている。現在見られる神像はレプリカで、オリジナルはストックホルムの国立博物館に収められている。

公園にはさまざまな建造物があるが、代表的な建物が中国離宮だ。カール・ホールマンの中国風の建物をカール・フレデリック・アデルクランツが数多くの建物や庭園を配した宮殿建築として大々的に再建したもので、中国風とロココ様式を組み合わせたきわめてユニークなデザインとなっている。周辺にはコンフィデンスをはじめとする4棟のパビリオンや鳥小屋があり、これらも同様の様式で築かれている。近くに立つヴァクタルテットは中国離宮の入口に立つ警護施設で、ローマやトルコのテントを模している。

「ゴシック塔」の意味を持つヨーティスカ塔はモヌメントルメンと呼ばれる小島の近くに立つ塔で、1792年に建設が開始されたが、内部は未完成に終わった。ゴシック・リバイバル様式を中心にローマ建築やロマネスク様式の影響を受けており、自然を模した公園にアクセントを与えている。

公園の西に位置するカントンガタン(ガタンは通りの意)と呼ばれる小さな町はアドルフ・フレドリクとロヴィーサ・ウルリカが理想的な社会を探求して18世紀に設立した一種の理想都市で、絹の生産やレース編みなどの工場で働く労働者のために住宅街を建設した。湖と公園に囲まれた好立地で、2階建てで庭と多数の部屋を持つ戸建て住宅は労働者の福祉に配慮したもので、ガーデンシティのロールモデルともなった。

一方、宮殿の北東のマルメン地区はグスタフ3世が設計した計画都市で、方格設計(碁盤の目状の整然とした都市設計)の区画に住宅や学校・薬局・厩舎などが建設された。主な建物には、医局・薬局だった薬局の家、厩舎であるドラゴン厩舎や公爵厩舎、地域でもっとも古い高層建築である石の家、大工のための邸宅ミネルヴァ、知事のための官邸、騎士が住み込んでいた騎士の家などがある。

これ以外にも、画家エバート・ルンドクイストのアール・ヌーヴォー調のスタジオや、新古典主義様式の旧知事官邸へメット、新古典主義様式のバトゥース(浴場)など、数多くの建造物が存在する。

■構成資産

○ドロットニングホルムの王領地

■顕著な普遍的価値

○登録基準(iv)=人類史的に重要な建造物や景観

ドロットニングホルムの建造物群は18世紀にスウェーデンで建設された宮殿の最良の例であり、当時のヨーロッパの建築を代表するもので、ヴェルサイユ宮殿の影響を受けた西・北・中央ヨーロッパの宮殿建築を継承するものである。

■完全性

資産は建設当時から大きな変化が起きていない。当時の独創的な全体像は現在も同様に存在し、資産の顕著な普遍的価値を伝えるために必要なすべての要素が維持されている。ドロットニングホルム宮殿、宮廷劇場、中国離宮、庭園群は手付かずで、17~18世紀のスウェーデンとヨーロッパの建築史の重要部分を伝えている。

ドロットニングホルムの王領地はさまざまな国籍の建築家や労働者によって築かれており、何世紀にもわたって異文化交流の場でありつづけた。今日においても劇場の活動や観光あるいは娯楽や夏のレクリエーションの場として利用されており、こうした伝統やスウェーデン王室の宮殿としての機能を維持している。

■真正性

ドロットニングホルム宮殿、宮廷劇場、中国離宮、庭園群、マルメン地区の建物といった歴史的建造物は17~18世紀の形状と素材を無傷で継承している。この遺産は修復ではなく保全に焦点を当てており、オリジナルの形状・素材・景観の維持を尊重し、真正性は高いレベルで保たれている。

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