リートフェルト設計のシュレーダー邸

Rietveld Schröderhuis (Rietveld Schröder House)

  • オランダ
  • 登録年:2000年
  • 登録基準:文化遺産(i)(ii)
  • 資産面積:0.0075ha
世界遺産「リートフェルト設計のシュレーダー邸」
世界遺産「リートフェルト設計のシュレーダー邸」
ピエト・モンドリアン『Composition No. 10』1939-42年
ピエト・モンドリアン『Composition No. 10』1939-42年。新造形主義を代表する抽象画のひとつとされる

■世界遺産概要

オランダ・ユトレヒトにあるシュレーダー邸はトゥルース・シュレーダー・シュラーダー夫人の依頼を受けてオランダの建築家ヘリット・トーマス・リートフェルトが設計した邸宅で、1924年に完成した。オランダの総合芸術運動デ・ステイルの理想を体現した機能的なデザインで、バウハウスをはじめ現代建築の歴史に多大な影響を与えた。

○資産の歴史と内容

第1次世界大戦の戦禍の後、個人は重要性を失って芸術家たちの目は普遍性に向けられ、自然の複雑な造形から共通するシンプルな普遍の美を抽出する抽象芸術が注目を集めた。オランダの画家テオ・ファン・ドゥースブルフは1917年に画家ピエト・モンドリアンやバート・ファン・デル・レック、フィルモス・フサール、建築家J.J.P.アウトらとともに雑誌『デ・ステイル』を創刊し、同名のグループを結成した。デ・ステイルはオランダ語で「様式」を意味し、完全なる抽象化を目標に掲げた。その理念とされたのが新造形主義(ネオプラスティシズム)だ。従来の具象的な美術に対し、新しい造形として抽象的な美術を掲げるイズムで、たとえばモンドリアンはシンプルな垂直線・水平線・三原色・無装飾を特徴とする抽象画を描き上げた。

リートフェルトは1919年にデ・ステイルに参加し、有名な「赤と青のいす」や「ベルリン・チェア」をはじめ数々の家具を設計した。1923年、弁護士の夫を亡くしたシュレーダー夫人は懇意にしていたリートフェルトに自分と3人の子供のための家探しを依頼した。ふさわしい家は見つからず、リートフェルトは新しい家の建設を提案した。

夫人の許可を得た後、リートフェルトはデ・ステイルの理想像をシュレーダー邸の設計に注ぎ込んだ。柱や梁・スラブ(板状の建材)で描く水平線や垂直線は正方形や長方形を自由に構成し、それぞれ自律的な意味を与えられた。このような部分は不均一ながら、空間の流動性や連続性を強調しながら全体でバランスを取った。

リートフェルトはデザインのみならず機能性にも注意を払い、開放的で快適な生活スタイルにこだわった。邸宅は9×7mの2階建てで螺旋階段を中央に取り、5室のどの部屋に対しても容易にアクセスできた。隣にビルが立つ一方を除く三方にバルコニーが設けられ、すべての部屋に窓を設置し、ガスや水道・寝所・外部へのドアも備えられた。2階の壁は可変式で、スライド・パネルで平面プランを自由に変えられるよう工夫した。2階の内部に固定壁がない構造は違法建築といえたが、1階の裏部屋として処理された。外装に装飾は少ないが、モンドリアンの絵を模して赤・青・黄・黒・白の基本色とグレーの色調で彩られた。家具の形や色も部屋と外装の色と調和するよう考慮された。

当初はコンクリート造の予定だったが予算的に不可能であることが判明し、強度が必要な床スラブとバルコニーに鉄筋コンクリートを使用し、壁はレンガ造で漆喰を塗り、床と屋根は木造となった。夫人の変更依頼や実際の形や色を見ながら修正を重ね、1924年に完成を迎えた。

夫人一家はこの邸宅で生活を送り、子供が家を出るなど生活が変わるたびにキッチンを移動したり、1階の余った部屋を貸し出したりと変更が加えられた。リートフェルトは自分のスタジオを1階に置き、妻が亡くなった後も1964年に世を去るまでこの邸宅で生活した。1972年にシュレーダー夫人はリートフェルト=シュレーダー・ハウス財団を設立し、外装が建設当時に戻された。1985年に夫人が亡くなると内部が復元され、ユトレヒト中央博物館の施設として公開された。

シュレーダー邸はデ・ステイルの理想の表現であるだけでなく、現代建築のムーブメントの象徴でもあり、ル・コルビュジエをはじめ多くの現代建築家にインスピレーションを与え、影響は現在まで続いている。

■構成資産

○リートフェルト設計のシュレーダー邸

■顕著な普遍的価値

本遺産は登録基準(vi)「価値ある出来事や伝統関連の遺産」でも推薦され、ICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)もリートフェルトのアイデアとコンセプトを現代のもっとも影響力のある芸術・建築運動に関連するものと認めたが、世界遺産委員会で適用が延期された。

○登録基準(i)=人類の創造的傑作

シュレーダー邸は現代建築のムーブメントの象徴であり、デ・ステイルによって飛躍したアイデアとコンセプトの純粋性が生んだ人間の創造的な才能を示す際立った傑作である。

○登録基準(ii)=重要な文化交流の跡

デザインと空間構成に関する画期的なアプローチによって、シュレーダー邸は現代建築の歴史においてきわめて重要な位置を占めている。

■完全性

シュレーダー邸は1988年より国家の歴史的遺産として保護されており、その全域がユトレヒト中央博物館の管理下で博物館として公開されている。慎重に修復されており、現在はすばらしい状態で保全されている。位置関係も変わっておらず、住宅街の小さな公園内に位置している。しかしながら環境はいくらか変わっており、建設から10年を経てユトレヒトの町はシュレーダー邸の先にまで拡大し、1960年代には近隣に高速道路の高架橋が建設された。これを最後に周囲にはそれ以上の実質的な変化はもたらされていない。

■真正性

シュレーダー邸は60年のあいだ民間住宅として使用され、その歴史の中でいくつかの変更が行われた。1970~80年代にリートフェルトのアシスタントのひとりであるベルタス・ムルダーによって1920年代の状態に戻された。この復元は設計コンセプトと構造の真正性を維持したまま細心の注意を払って行われた。家具についてもすべて元通りに戻され、行方不明のオブジェクトは記録に基づいて作り直された。インテリアは当時のものとまったく同様とはいかないが、この遺産の顕著の普遍的価値は建築デザインのアイデアとコンセプト、デ・ステイルの理想の表現にあり、こうしたインテリアの復元は正当化される。本質的にシュレーダー邸は必要とされるすべての点で真正性をクリアしている。

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