ブコヴィナ・ダルマチア府主教のレジデンス

Residence of Bukovinian and Dalmatian Metropolitans

  • ウクライナ
  • 登録年:2011年
  • 登録基準:文化遺産(ii)(iii)(iv)
  • 資産面積:8ha
  • バッファー・ゾーン:244.85ha
世界遺産「ブコヴィナ・ダルマチア府主教のレジデンス」、左が神学校棟でドームは三成聖者聖堂、中央がレジデンス、右が修道院棟で中央は時計塔
世界遺産「ブコヴィナ・ダルマチア府主教のレジデンス」、左が神学校棟でドームは三成聖者聖堂、中央がレジデンス、右が修道院棟で中央は時計塔
世界遺産「ブコヴィナ・ダルマチア府主教のレジデンス」、修道院棟
世界遺産「ブコヴィナ・ダルマチア府主教のレジデンス」、修道院棟 (C) Сергій Криниця

■世界遺産概要

ルーマニア、モルドバ国境に近いウクライナ西部の都市チェルニウツィーに位置し、チェコの建築家ヨセフ・フラヴカによって築かれたブコヴィナ府主教の邸宅や教会・神学校・修道院・庭園などを登録した世界遺産。

○資産の歴史と内容

ブコヴィナ(ウクライナ、ルーマニア、モルドバ国境周辺地域)は1768~74年のロシア=トルコ戦争(露土戦争)でオスマン帝国を離れてロシア帝国領となったが、キュチュク・カイナルジ条約により1775年にオーストリア大公国の版図に入った(1804年からはオーストリア帝国、1867年からはオーストリア=ハンガリー帝国)。オーストリアはローマ・カトリックではあったが、神聖ローマ皇帝ヨーゼフ2世は宗教に寛容で、正教会をも保護した。

チェルニウツィーには当時、モルドバ正教会の府主教(ローマ・カトリックの大司教)がいたが、ヨーゼフ2世の時代にブコヴィナ正教会が成立した。モルドバ府主教の邸宅は木造でみすぼらしく、教会もレンガ造の小さなものだったが、正教会の伝統と権威を反映するためにブコヴィナ府主教の邸宅や教会堂・修道院の建設が決まり、建築家ヨセフ・フラヴカの起用が決定した。

ヨセフ・フラヴカは正教会のビザンツ建築やブコヴィナの伝統建築を研究し、アルハンブラ宮殿(世界遺産)をはじめとするムーア建築(イベリア半島のイスラム教建築)の要素も加えて設計を行った。一説では丘に築かれたレジデンスの建造物群は聖地エルサレム(世界遺産)を象った一種のサクロ・モンテ(聖山)ともいわれる。1864年に建設がはじまり、最初に聖イヴァン礼拝堂とレジデンス・ビル(府主教邸)が建設され、1870年に神学校や修道院棟、1874年に聖歌隊の家や食堂、1877年に庭園が完成し、建設は1882年まで続けられた。この間にブコヴィナ主教区はダルマチア主教区と統一し、ブコヴィナ・ダルマチア主教区が成立している。

第1次世界大戦がはじまる1914年にロシアに占領され、大戦後にオーストリア=ハンガリー帝国が解体されるとルーマニア領に入り、ブコヴィナ正教会はルーマニア正教会に統合された。第2次世界大戦後にソ連に併合され、1945年にレジデンスは州立保護区となり、1955年にチェルニウツィー州立大学に移管された。ウクライナ独立後の2000年に国立大学となり、現在は大学キャンパスとして利用されている。

本遺産は上の写真のように、向かって左が神学校棟、中央がレジデンス、右が修道院棟で、中央は中庭、レジデンスの奥は庭園になっている。「王」字形のレジデンスは府主教の邸宅で、主に赤レンガで築かれており、居住スペースの他にいくつものホールを備えている。中央にはメイン・ホールであるシノダレホール(現・マーブルホール)と全長77mに及ぶメインギャラリー(廊下)が配されており、これ以外に図書館(ブルーホール)、応接室(グリーンホール)、小会議場(レッドホール)などがあり、それぞれモザイク画(石やガラス・貝殻・磁器・陶器などの小片を貼り合わせて描いた絵や模様)やフレスコ画(生乾きの漆喰に顔料で描いた絵や模様)、絵画などで彩られていた。

神学校棟は「口」形のコートハウス(中庭を持つ建物)で、東正面に三成聖者聖堂を内包している。この聖堂はビザンツ様式でギリシア十字式のクロス・ドーム・バシリカとなっている。三成聖者とは正教会の聖人である聖ワシリイ、聖ヨハネス・クリュソストモス、神学者グリゴリイを示す。

修道院棟には中央の時計塔の他に聖歌隊の家や博物館、イコン学校、ロウソク店などがあった。時計塔のドームには「ダビデの星」と呼ばれる六芒星が描かれているが、これは町のユダヤ人の寄付に対して感謝を示したものだ。

中庭は100×70mの幾何学式庭園であるのに対し、レジデンスの奥は自然そのままのイギリス式庭園となっており、噴水や池、グロッタ(洞窟)などが配されている。

■構成資産

○ブコヴィナ・ダルマチア府主教のレジデンス

■顕著な普遍的価値

本遺産は登録基準(i)(ii)(iii)(iv)で推薦されたが、文化遺産の調査・評価を行っているICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)は(iv)以外の基準を認めなかった。また、(iv)についてもさらなる比較研究が必要であるほか、真正性に関しても調査を行う必要があり、管理・保全計画も修正すべきであるなどとして登録延期勧告を行った。しかし世界遺産委員会はこの判断を取らず、登録基準(i)は認めなかったものの他の登録基準や真正性を認定し、世界遺産リストへの登録を決定した。

○登録基準(ii)=重要な文化交流の跡

ブコヴィナ・ダルマチア府主教のレジデンスは古代・中世あるいは専制時代やグリュンデルツァイト(19世紀の発展期)の建築や都市計画の発展に社会的・経済的・文化的影響を反映している。こうした建造物群は19世紀の歴史主義(すべての事象を歴史的過程の中で認識しようとするイズム。芸術では中世以降の様式を復古するイズム)の建築とレイアウトの顕著な例である。

○登録基準(iii)=文化・文明の稀有な証拠

レジデンスは正教会の文化的伝統に関する際立った証拠を提示している。三成聖者聖堂はビザンツ様式のギリシア十字式クロス・ドーム・バシリカで正教会の典型的な形をなしている。こうした建造物群は南ヨーロッパ・中央ヨーロッパに大きな影響を与え、1940年に消滅したブコヴィナ・ダルマチア主教区の文化を伝えている。

○登録基準(iv)=人類史的に重要な建造物や景観

地元の様式やビザンツ、ゴシック、バロック建築の要素を組み合わせた建造物群は、19世紀の歴史主義の建築・デザイン・レイアウトの際立った例であり、オーストリア=ハンガリー帝国の宗教的寛容さや帝国内の正教会の文化的アイデンティティを体現している。

■完全性

資産は顕著な普遍的価値を表現するすべての要素を含み、それらの要素は適切に保護されている。レジデンスは1945年に州立保護区となり、1955年以降は大学のキャンパスとして保全・活用されており、開発や放棄・破壊などの影響は受けていない。

■真正性

20世紀半ば以降、府主教のレジデンスとしては機能していないが、大学のキャンパスとして公共施設としての機能は継続しており、真正性は大きな影響を受けていない。レジデンスのシノダレホールの天井は1942年に焼失し、1950年代に交換された。屋根は元のパターンに従って製造され、適切に修復されている。

ICOMOSはレジデンスの内装について、修復前の写真や修復作業の内容を示す書類等がないため真正性を判断することは困難であるとした。特に火災で修復されたシノダレホールのパネル天井について疑問符を付けたが、世界遺産委員会は問題にしなかった。

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