ピエンツァ市街の歴史地区

Historic Centre of the City of Pienza

  • イタリア
  • 登録年:1996年
  • 登録基準:文化遺産(i)(ii)(iv)
  • 資産面積:4.41ha
世界遺産「ピエンツァ市街の歴史地区」、ピウス2世広場、ピエンツァ大聖堂(ドゥオモ)、ピッコローミニ宮
世界遺産「ピエンツァ市街の歴史地区」、ピウス2世広場。左がピエンツァ大聖堂、中央はピッコローミニ宮 (C) Oschirmer
世界遺産「ピエンツァ市街の歴史地区」、ピウス2世広場、パラッツォ・コムナーレ=現・市庁舎
世界遺産「ピエンツァ市街の歴史地区」、逆サイドから見たピウス2世広場。中央はパラッツォ・コムナーレで現・市庁舎

■世界遺産概要

15世紀に教皇ピウス2世がルネサンスの理想を追い求めて築いたトスカーナ州シエナ県の古都で、オルチア渓谷を見下ろす丘の頂にたたずんでいる。ピエンツァは世界遺産「オルチア渓谷」の資産にも含まれている。

○資産の歴史

1458年、トスカーナのコルシニャーノで生まれたエネア・シルヴィオ・ピッコローミニはピウス2世として教皇位に即位し、翌年生家に凱旋を果たす。しかし、村の貧しい様子に衝撃を受けて街の改造を決意。ピウス2世はローマ(世界遺産)で華やかなルネサンス様式に親しんでいたが、ドイツの哲学者ニコラウス・クザーヌスに心酔しており、ニュルンベルクやウィーン(世界遺産)など南ドイツの滞在経験から後期ゴシック様式にも大いに感銘を受けていた。新たな都市はこうしたアイデアを集大成したものとなった。

1459年にフィレンツェの建築家ベルナルド・ロッセリーノを呼び寄せて都市と建物の設計を依頼。ロッセリーノは師であるレオン・バッティスタ・アルベルティの提唱したルネサンスの都市設計にならい、城壁に囲まれた城内をふたつのメイン・ゲート(ギグリア門とプラト門)で挟まれたメインストリート(ロッソリーノ通り)で分割し、整然とした区画整理を行った。

ロッソリーノ通りのほぼ中央に位置するのはピエンツァ大聖堂(サンタ・マリア・アッスンタ共同大聖堂)で、外観は幾何学的均衡を重視したルネサンス様式ながら内部にはゴシック様式も取り入れられており、鐘楼は両者の折衷様式となっている。隣接するピウス2世の生家はピッコローミニ宮殿として完成し、長方形の窓・半円アーチ・柱が規則正しく並ぶルネサンスらしいデザインで、特に南ファサード(正面)は柱とアーチが3層に並ぶトスカーナ特有の多層ロッジア(柱廊装飾)を持ち、十字に区切られたルネサンス様式の幾何学式庭園に面している。

ピエンツァ大聖堂、ピッコローミニ宮殿、パラッツォ・コムナーレ(市庁舎)、ヴェスコヴィーレ宮殿(ボルジア宮殿。司教館)、アンマナティ宮殿で囲まれた中央広場はピウス2世広場と呼ばれるが、これらはいずれもロッセリーノの設計で、ルネサンス様式を代表する至高の空間となっている。広場は長方形のトラヴァーチン(縞状の構造を持つ石灰岩や大理石に近い石材)をV字形に並べたヘリンボーンと呼ばれる模様で飾られており、ルネサンス様式の井戸が据えられている。

ロッソリーノ通りには他にもゴンザガ・シモネッリ宮殿、アトレバテンセ宮殿など教皇を補佐する枢機卿や従者たちの宮殿が並び、カーセ・ヌオヴェ通りには市民向けの住宅が建設された。そんな中にあってサン・フランチェスコ教会はルネサンス以前からある数少ない建物で、13世紀にゴシック様式で建てられている。

ピウス2世の都市改造は40の建物の建設・再建に及び、中世の村落を最先端を誇るイタリア・ルネサンス都市に変貌させた。

○資産の内容

世界遺産の資産としてピエンツァの市街が地域で登録されている。中心はピウス2世広場で、特に広場の南に建てられたピエンツァ大聖堂がランドマークとなっている。

ピエンツァ大聖堂は正式名称をサンタ・マリア・アッスンタ共同大聖堂といい、ピウス2世がロッセリーノに依頼して1459~62年に建設した。ラテン十字形・三廊式(身廊とふたつの側廊からなる様式)の教会堂で、ファサードは主としてルネサンス様式、身廊やアプス(後陣)・内装はルネサンス様式とゴシック様式の折衷となっている。特にシエナ派の画家サノ・ディ・ピエトロやマッテオ・ディ・ジョヴァンニ、ヴェッキエッタらの祭壇画で名高い。

ピウス2世広場の西に位置するピッコローミニ宮殿はルネサンス様式の3階建てのコートハウス(中庭を持つ建物)で、中庭にはコンポジット式(イオニア式とコリント式の特徴を備えた様式)の柱を持つ1層のロッジア、南ファサードには優雅な3層のロッジアを持ち、その正面にはルネサンス様式の幾何学式庭園が広がっている。

ピウス2世広場の東にたたずむヴェスコヴィーレ宮殿(司教館)はボルジア宮殿とも呼ばれる建物で、ピウス2世から後にアレクサンデル6世として教皇になる枢機卿ロドリゴ・ボルジアに贈られた。やがて司教のための邸宅(司教館)となり、現在は司教区博物館として一部が公開されている。

ピウス2世広場の北東に立つパラッツォ・コムナーレはプッブリコ宮殿とも呼ばれる建物で、現在はピエンツァの市庁舎が入っている。時計塔と1階のロッジア、トラヴァーチン(縞状の構造を持つ石灰岩や大理石に近い石材)で築かれたファサードが特徴的で、内部には見事なフレスコ画が収められている。ピウス2世広場のこれらの建物はいずれもピウス2世とロッセリーノによるものだ。

ピウス2世広場以外の主要な建物として、サン・フランチェスコ教会が挙げられる。13~14世紀に建設されたバシリカ式(ローマ時代の集会所に起源を持つ長方形の様式)・単廊式の教会堂で、シエナ・ゴシックと呼ばれる装飾の少ない重厚なゴシック様式で築かれている。聖書や聖人の物語を描いた14世紀のフレスコ画で知られる。

ゴンザガ・シモネッリ宮殿は枢機卿フランチェスコ・ゴンザガに贈られた宮殿で、ピウス2世はこうして貴族を町に招いて活性化を図った。やはりロッセリーノによるルネサンス建築となっている。

■構成資産

○ピエンツァ市街の歴史地区

■顕著な普遍的価値

○登録基準(i)=人類の創造的傑作

ピエンツァ、特にルネサンス理想都市の理念が現実化したピウス2世広場は人間の創造的な才能を示す傑作である。

○登録基準(ii)=重要な文化交流の跡

ピエンツァの歴史地区はルネサンスのヒューマニズム(人文主義。人間性や人間の尊厳を重視する思想)のコンセプトが都市デザインに適用された最初期の例であり、その後のイタリア内外における都市開発の発展に大きな役割を果たした。

○登録基準(iv)=人類史的に重要な建造物や景観

ピエンツァのピウス2世広場を囲む建造物群はルネサンス・ヒューマニズムを体現する際立った例である。

■完全性

城壁で仕切られた資産内部には顕著な普遍的価値を表現するすべての要素が含まれており、法的に保護されている。基本的にピウス2世によって築かれた建造物群は構造的・視覚的に完全性をそのまま維持している。

ただ、歴史地区中心部は強い観光圧力に直面しており、管理システムに改善が必要である。また、資産価値の上昇は人口の流出による空洞化のリスクを産み出している。一部の歴史的建造物は部分的に地質学的な問題を抱えている。特に広場の土壌は不安定性で、大聖堂の構造的な問題の原因となっている。

■真正性

ピエンツァ歴史地区はデザイン・素材・工法・配置といった点で真正性を保持している。中世の都市構造やロッセリーノによるルネサンス期の設計は街路のレイアウトや建築、あるいはトラヴァーチンで縁取られた中央広場のヘリンボーン模様の舗装などに保存されており、容易に確認することができる。歴史的建造物の修復はヴェネツィア憲章(建設当時の形状・デザイン・工法・素材の尊重等、建造物や遺跡の保存・修復の方針を示した憲章)に則って行われており、適切に維持されている。また、この地域の他の歴史都市と同様にピエンツァ周辺の農業景観も保たれており、これらは無分別な産業・インフラ開発の対象とはなっていない。

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