バース市街

City of Bath

  • イギリス
  • 登録年:1987年
  • 登録基準:文化遺産(i)(ii)(iv)
  • 資産面積:2,900ha
世界遺産「バース市街」、バース寺院
世界遺産「バース市街」、中央がバース寺院、右がローマン・バスのファサード (C) Hugh Llewelyn
世界遺産「バース市街」、ローマン・バスのグレート・バス
世界遺産「バース市街」、ヴィクトリア朝時代にローマン・リバイバル様式で再興されたローマン・バスのグレート・バス
世界遺産「バース市街」、バース寺院の見事な扇状ヴォールト天井とステンドグラス群
世界遺産「バース市街」、バース寺院の見事な扇状ヴォールト天井とステンドグラス群 (C) Pedro Szekely
世界遺産「バース市街」、パルトニー橋
世界遺産「バース市街」、フィレンツェのヴェッキオ橋を彷彿させるパルトニー橋
世界遺産「バース市街」、ロイヤル・クレセント
世界遺産「バース市街」、バースのテラス地区。中央右の「C」形のテラスハウスがロイヤル・クレセント、その下がマールボロ・ビルディングス
世界遺産「バース市街」、ザ・サーカス
世界遺産「バース市街」、円形部分がザ・サーカス (C) Roger Beale / Assembly Rooms and The Circus from a balloon / CC BY-SA 2.0

■世界遺産概要

イングランド西部サマセット州の都市バースは2,000年の歴史を誇る古都で、古くから温泉都市として繁栄した。特に古代のローマ時代と近代のジョージアン時代に二度の最盛期を迎え、遺跡と近代建築・緑が調和した美しい街並みを築き上げた。なお、バースは世界遺産「ヨーロッパの大温泉都市群(イギリス/イタリア/オーストリア/チェコ/ドイツ/フランス/ベルギー共通)」の11の構成資産のひとつとなっており、バースの資産の範囲は「バース市街」の資産の範囲と一致している。温泉関連のバースの概要については世界遺産「ヨーロッパの大温泉都市群」も参照のこと。

○資産の歴史

1世紀、ローマ皇帝クラウディウスはグレートブリテン島に進出し、ローマ属州ブリタンニアを設立した。鉱泉が湧くバースの地はもともとケルト人の聖地で、温泉場には女神スリスの神殿が建てられていた。ローマ人はスリスをローマ神話のミネルヴァと同一視してスリス・ミネルヴァ神殿として改修。温泉場をローマン・バスとして整備し、源泉であるキングス鉱泉、源泉を貯めるキングス・バス、ハイライトとなる91×45mのグレート・バス(大浴場)、5つの浴槽、ハイポコースト(一種のサウナ)などさまざまな設備を整備した。そして町の周囲に城壁を巡らせると、温泉城郭都市アクアエ・スリスが完成した。しかし、5世紀にローマ人がグレートブリテン島から撤退すると急速に衰退し、6世紀頃の洪水で泥に埋まり、温泉としての機能は失われた。

675年にバース修道院が建設されて宗教センターとなるが、アングロ・サクソン人の侵入を受けて衰退し、アングロ・サクソンの町として再建された。10~11世紀にかけて修道院は一時勢力を回復するが、15世紀までにふたたび荒廃。16世紀のヘンリー8世による修道院解散令を受けて解散した。ただ、湧き出す鉱泉は細々と利用されつづけ、いつしか町は温泉を意味する「バース」と呼ばれるようになった。

バースが温泉都市として大々的に復活するのは18世紀、ジョージ1~4世が治めるジョージアン時代だ。この頃、バースには富裕層が集まっており、実業家であるラルフ・アレンやリチャード・「ボー(伊達男)」・ナッシュらが音頭を取って街の再興を図った。街はローマ、ルネサンス、バロックといった伝統的な様式を復興・アレンジした新古典主義様式(ギリシア・ローマのスタイルを復興したグリーク・リバイバル様式やローマン・リバイバル様式)や歴史主義様式(中世以降のスタイルを復興したゴシック・リバイバル様式やネオ・ルネサンス様式、ネオ・パッラーディオ様式、ネオ・バロック様式等)で重厚華麗に築かれた。郵便業で成功したラルフ・アレンの貢献は特に大きく、クームダウン鉱山とバサンプトンダウン鉱山を購入して「バース・ストーン」と呼ばれる蜂蜜色の石灰岩を正確なサイズで切り出し、それまでにない精巧な建物を容易に築くことを可能にした。

この時代の開発の特徴は個々の建物にこだわるだけでなく、町全体を1枚の絵のように捉えたいわゆるランドスケープ・アート(造園芸術/景観芸術)で、建物や歴史的建造物・緑を適切に配して全体の美観を重視した。それはルネサンスのような幾何学的な構造を持つ整然とした都市設計ではなく、より自然な配置を持つもので、ピクチャレスク(粗野・不規則・変化に富む自然の造形に回帰し絵画的な美を重視する思想)の影響を受けたものだった。特にポイントとなる丘陵地の緑や集合住宅を重視し、巨大なテラスハウスのデザインに気を配った。テラスハウスは境界の壁を共有する長屋のような連続住宅で、バースの人口増加に対応して建設された。美観と実用性を考え、庭と合わせて円形や半月形・四角形、あるいは丘のテラスに対応した形で新古典主義あるいは歴史主義様式で築かれた。これらはそれぞれサーカス、クレセント、スクエア、テラスなどと呼ばれている。一般住宅にまで高品質のデザインが適用されたのもこの時代の特徴だ。

こうした都市デザインの最大の功労者が建築家ジョン・ウッド親子だ。ローマン・バスの改修を請け負い、温泉の周囲にドーリア式の柱を巡らせ、新古典主義の様式の荘厳な建物を設計した。また、古代ギリシアやルネサンスを思わせるネオ・パッラーディオ様式の旗手でもあり、プライヤー・パークやアセンブリー・ルーム、グランド・ポンプ・ルームといった建造物や、テラスハウスであるザ・サーカス(キング・サーカス)、ロイヤル・クレセント、クイーン・スクエア、ゲイ・ストリート等をデザインし、バースの景観に大きな変化をもたらした。

19世紀に入るとより豪華な装飾を持つヴィクトリア様式の建物や庭園が建設され、いつしかバースはヨーロッパ随一の美都市として知られるに至った。古代から現代まで2,000年を超える歴史と、文化と自然を調和させようという思想がバースを唯一無二の町に仕上げている。

○資産の内容

世界遺産の資産にはバースの市街地が広く地域で登録されている。域内には数多くの建造物があるが、際立っているのはローマ時代のローマ建築と、ジョージアン時代(1714~1830年)とヴィクトリア朝時代(1837~1901年)の新古典主義様式および歴史主義様式の建築で、これらの時代の傑作が集まっている。これらは単独ですぐれているだけでなく、街並みとして調和するよう意図的に設計されており、全体の景観も卓越したものとなっている。

ローマ建築を代表する建造物がローマン・バスだ。建物はすべてジョン・ウッド親子がジョージアン時代の1794~97年にローマン・リバイバル様式で再建したものだが、水源や浴槽群・水路システム等はローマ時代のものを引き継いでいる。19世紀のヴィクトリア時代に拡張されているが、これについてもジョン・ウッド親子のデザインに沿ったものとなった。浴場の横にはスリス・ミネルヴァ神殿の跡があり、コインやモザイク画などの出土品は博物館に収められている。バースは城郭都市だったが城壁や都市レイアウトはほとんど失われている。

中世の代表的な建造物にはバース寺院がある。もともと675年に創設されたバース修道院の付属教会として建設されたもので、11~15世紀にはローマ・カトリックの大聖堂として使用された。15世紀にはすっかり荒廃していたが、1500年頃に再建が決定し、ゴシック様式の教会堂が建設された。ヘンリー8世による修道院解散令によって修道院は1539年に解散したが、1574年に女王エリザベス1世によってイングランド国教会の教区教会への改修が行われ、17世紀はじめに今日見られる教会堂が完成を迎えた。19世紀に一部、ゴシック・リバイバル様式による改修を受けている。平面69×24mのラテン十字形の平面プランで、ゴシック様式の中でも柱や窓・装飾に縦のラインを入れて垂直性を際立たせた垂直式ゴシックの傑作として知られる。内部は52もの窓がある明るい空間が広がっており、身廊の東端を占める巨大なステンドグラスを筆頭に、数多くのステンドグラスで彩られている。また、イギリスを代表する見事な扇状ヴォールト(ファン・ヴォールト。扇のように広がったヴォールト)天井でも知られる。これ以外に、教会建築では1490~98年にゴシック様式で建設された聖トマス・ベケット教会や、1846~47年にゴシック・リバイバル様式で築かれた聖マタイ教会などが知られている。

近代の建築としては、ネオ・パッラーディオ様式の数々のテラスハウスが挙げられる。ロイヤル・クレセントはジョン・ウッド・ザ・ヤンガー(息子)の設計で1767~75年に建設されたテラスハウスで、全長約150m・高さ平均15mの三日月形の円弧上に30のタウンハウス(2~4階建ての集合住宅。ロイヤル・クレセントは半地下階を含めて4階建て)が連なっている。タウンハウスはそれぞれ少しずつデザインが異なるが、バース・ストーンで造られたイオニア式の114本の円柱が立ち並んでおり、全体を統一している。弧の内側はロイヤル・クレセント・レジデンツ・ローンと呼ばれる芝生の中庭で、広い空と視野が確保されている。ザ・サーカスはもともとキング・サーカスと呼ばれており、ジョン・ウッド・ジ・エルダー(親)がストーンヘンジ(世界遺産)やコロッセオ(世界遺産)を参考に設計し、その死後はジョン・ウッド・ザ・ヤンガーが引き継いで1754~66年に建設された。中央の木々と芝生を取り囲むように築かれた直径97mの円形のテラスハウスで、30棟が円形に並んでおり、3階建ての1階にドーリア式、2階にイオニア式、3階にコリント式の柱が立ち並び、フリーズ(装飾梁)には525枚のレリーフが飾られている。ザ・サーカスからは3本の通りが出ているが、南に伸びているのがゲイ・ストリートだ。1735~50年に建設されたゲイ・ストリートのテラスハウスもジョン・ウッド・ジ・エルダーの設計で、3階建てのタウンハウスが41棟連なっている。ファサード(正面)のデザインは少しずつ異なっており、タウンハウスによってはイオニア式やコリント式の円柱が見られる。クイーン・スクエアはゲイ・ストリートの南に位置する四角形の公園で、ジョン・ウッド・ジ・エルダーによるテラスハウスが取り囲んでいる。東以外のテラスハウスには△破風のペディメントが見られ、一部にはイオニア式やコリント式の円柱や角柱のピラスター(壁に埋め込まれた付柱)が立ち並んでいる。

ジョン・ウッド・ザ・ヤンガーの設計で1771年に建設されたアセンブリー・ルームはボールルーム(ダンスなどを行うための大広間)やオクタゴンルームといった集会所を内蔵するホールで、ドーリア式の柱廊やシャンデリアをはじめジョージアン様式の装飾で彩られている。トーマス・ボールドウィンとジョン・パーマーの設計で1789~99年に築かれたグランド・ポンプ・ルームはローマン・バスに隣接した施設で、黄色いコリント式の柱とペディメントが特徴的なネオ・パッラーディオ様式のファサードを持つ。ローマン・バスから引かれるミネラルウオーターにちなんで命名され、薬用飲料水として市民に愛飲された。ポンプ・ルーム・オーケストラが公演を行う場でもあり、現在はレストランが営業している。エイボン川に架かるパルトニー橋はロバート・アダムの設計で、1769~74年に建設された。全長45m・幅18mの石橋で、フィレンツェのヴェッキオ橋(世界遺産)やヴェネツィアのリアルト橋(世界遺産)が参考にされているといわれる。橋の上には南北にネオ・パッラーディオ様式の建物が伸びており、テナントとして種々の店舗が入っている。

■構成資産

○バース市街

■顕著な普遍的価値

○登録基準(i)=人類の創造的傑作

丘の上に新古典主義・歴史主義様式のクレセント、テラス、スクエアが展開し、緑広がる谷に接続する見事な街並みは、建築・都市設計・景観設定・計画的創造といった要素の調和によって成立している。アセンブリー・ルームやグランド・ポンプ・ルームといった個々の建物が際立っているだけでなく、1世紀にわたって調和的・論理的に進化したより大きな都市景観の一部であり、ピクチャレスクの影響とともに公共・民間の建造物や空間を一体として扱うパッラーディオの訓示を反映している。バースの建築・都市デザインのクオリティや視覚的均一性・美観は、その物理的環境と天然資源(特にローマン・バスとバース・ストーン)を活かし、パッラーディオ主義を応用・発展させた18~19世紀の建築家と先見者のスキルと創造性を証明している。特に建築家ジョン・ウッド・ジ・エルダー、起業家であり採石場所有者ラルフ・アレン、そして社会形成者リチャード・ナッシュの3人が協力してバースの社会的・経済的・物理的再生を目指して尽力した結果、社会的・政治的・文化的リーダーに成長した。彼らに続く建築家は1世紀にわたってその方向で活動したため、マスター・プランや単一の支援者がいなくても個々の開発を周囲やより広い周辺景観と関連付け、自然環境と一体となった調和的・論理的で際立って美しい都市の創造が実現した。

○登録基準(ii)=重要な文化交流の跡

バースは15~17世紀にかけて支配的だったルネサンス都市の整然とした都市レイアウトから離れた18世紀のムーブメントを例証しており、19世紀にヨーロッパで流行する風景の中に建物や都市を配して美しい景観や造形を実現しようというピクチャレスクの思想を先取りしている。バース全域で見られるこうした自然と都市の統合は、おそらくジョン・ウッド・ザ・ヤンガーのロイヤル・クレセントとジョン・パーマーのランスダウン・クレセントでもっともよく実証されている。バースの都市・景観空間はそれらを囲む建物で構成され、有機的に流れる一連の空間を提供し、視覚的に(そして時に物理的に)緑の外縁部とともに特有の庭園都市を形成している。これらは19世紀の都市設計者によって発明されるガーデンシティのコンセプトを先取りしたものである。

○登録基準(iv)=人類史的に重要な建造物や景観

バースはローマ時代とジョージアン時代というふたつの偉大な時代を代表するモニュメントである。ローマン・バスと神殿の複合施設は、その周辺で発達したアクアエ・スリスの遺跡とともに、ローマの社会と宗教の理解と評価に大きく貢献している。18世紀の再開発は傑出した都市建築・空間配置・社会史のユニークな組み合わせを見せる。バースは18世紀のネオ・クラシック都市の主要なテーマである一般住宅のモニュメント化、景観と都市の統合、都市空間の創造と連結を実証し、増大する人口に対する回答として、あるいは湯治者や訪問者に絵のようにすばらしい環境と施設を提供するためにデザインされ発明された。そしてまたバースはローマ時代とジョージアン時代にもっとも重要な時期を迎えるが、それのみならず、中世のすばらしい修道院教会(バース寺院)がローマ時代の神殿と浴場の脇に位置しているように、2,000年にわたる絶え間ない発展を反映している。

■完全性

ローマン・バスやスリス・ミネルヴァ神殿、地下の考古学的遺構は、資産内にあるジョージアン時代の都市計画や建築、都市景観とともによく保存されている。ジョージアン時代の建物がいくらか失われているが、建物とレイアウトの両面で大部分が無傷のまま保たれている。緑と調和したクレセント、テラス、スクエアによって形成される広範囲にわたる連結空間も現在に引き継がれており、ジョージアン時代の都市と周囲の丘との関係がはっきりと確認できる。ただ、近代都市としてバースは大規模な開発や輸送の圧力を受けており、脆弱性を有している。

■真正性

バースの発展を支えた温泉は間違いなく本物である。ローマ時代の重要な遺跡は博物館として保全・保護・展示されており、ローマン・バスでは本来の機能が維持されている。ジョージアン様式の大規模な建物の大半は建設以来、継続的に居住されており、オリジナルの外観が保たれている。修復は大部分が誠実に行われていて、広範囲にわたる文書によって通知され、20世紀後半の修復プログラムによって支援された。より脆弱なのは都市の視覚的統一性に貢献しているクレセント、テラス、スクエアのあるエリアの景観と建造物群の全体的な調和である。ジョージアン時代のテラス計画や、構造のスケールやリズムを尊重し、絵のように美しい景観に貢献する新たな開発計画が必要である。

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