ダラム城と大聖堂

Durham Castle and Cathedral

  • イギリス
  • 登録年:1986年、2008年軽微な変更
  • 登録基準:文化遺産(ii)(iv)(vi)
  • 資産面積:8.79ha
世界遺産「ダラム城と大聖堂」、ダラム城
世界遺産「ダラム城と大聖堂」、ダラム城
世界遺産「ダラム城と大聖堂」、ダラム大聖堂
世界遺産「ダラム城と大聖堂」、ダラム大聖堂
世界遺産「ダラム城と大聖堂」、ダラム大聖堂の身廊
世界遺産「ダラム城と大聖堂」、ダラム大聖堂の身廊。天井の×形が交差ヴォールト、∧形が尖頭アーチ、柱は円柱と束ね柱が確認でき、奥にはバラ窓が見える (C) Oliver-Bonjoch

■世界遺産概要

イングランド北東部ダラム州の都市ダラムに位置するダラム城とダラム大聖堂を登録した世界遺産。いずれもウェア川がΩ形に湾曲した中央の丘の上に立つノルマン・ロマネスク建築の最高最大の傑作とされる城と大聖堂で、中世そのままの威容を伝えている。なお、本遺産は2008年の軽微な変更で資産が若干拡大され、城と大聖堂のエリアが統一された。

○資産の歴史と内容

ローマ時代末期、ローマ帝国を通じてグレートブリテン島やアイルランド島にキリスト教が伝えられたが、グレートブリテン島ではゲルマン系のアングロ・サクソン人の侵入で絶えてしまった。一方、アイルランド島ではキリスト教の伝統が継続され、グレートブリテン島への布教活動が行われた。7世紀前半にアイルランドの聖エイダンがリンディスファーン島(ホーリー島)に築いたリンディスファーン修道院はスコットランドに対する布教拠点となった。同修道院の聖カスバートはイングランド統一を果たしたウェセックス王国のアルフレッド大王に啓示を与えるなど、数々の奇跡を起こしたことで知られている。

9世紀前後から修道院はたびたびヴァイキングの襲撃を受けるようになり、875年、修道士たちは聖カスバートの聖遺物とともに島を去った。彼らが882年にたどり着いたのが約100km南に位置するダラムの地で、Ω形に湾曲した丘の上で聖カスバートの棺がまったく動かなくなったという。修道士たちはこれを啓示と捉え、この場所に木造の教会堂を建設。11世紀はじめには石造の教会堂に置き換えて聖遺物が収められた。評判を聞き付けたイングランド王クヌート1世(デンマーク王クヌーズ2世)が訪れるなど名声が広がり、まもなくベネディクト会に組み込まれた。

現在の大聖堂は征服王ウィリアム1世の命で1093年に建設が開始され、40年の歳月を経て完成した。イギリスのノルマン・ロマネスク建築の最大・最高の傑作で、それまでにない高さと大きさを実現している。身廊の屋根には∧形の尖頭アーチと×形の交差ヴォールトを架けて高く上昇志向の強いデザインを実現している。尖頭アーチや交差ヴォールトはリブ付きで、側廊にはフライング・バットレス(飛び梁)が延びている。尖頭アーチ、交差リブ・ヴォールト、フライング・バットレスはゴシック建築の3大要素だが、その先駆けとなっている。また、こうした石造天井を支える柱は巨大な円柱と比較的細い束ね柱(複数の細い柱を束ねた柱)を交互に配している。革新的な建築技術を多数投入しているが、全体的にはノルマン人が設計・建設を行った重厚な構造とシンプルな装飾を特徴とするノルマン様式と考えられている。

ラテン十字形の大聖堂の交差部には高さ66mを誇るクロッシング塔(十字形の交差部に立つ塔)がそびえており、西ファサード(正面)の塔は高さ44mとなっている。また、12~13世紀には西にガリラヤ礼拝堂、東に九祭壇の礼拝堂が設置されている。聖カスバートの墓は同名の礼拝堂に収められている。

ダラム城はウィリアム1世の拠点として、1072年に丘の頂にノルマン様式で築かれた。ウィリアム1世は1066年にノルマン朝を開いてノルマン人による征服=ノルマン・コンクエストを成立させた国王で、敵も多かったことからグレートブリテン島には存在しなかった巨大な石造の城が必要とされた。川と城壁に守られた難攻不落の城で、ウィリアム1世は司教に城と城下町の防衛を委ねたため、以後およそ750年にわたってダラム司教の居城として利用され、司教館や礼拝堂などが建設された。建築物として城内最古を誇るのがノルマン礼拝堂で、1078年頃にノルマン様式で築かれている。装飾として置かれている彫刻はノルマン様式の傑作として名高い。1540年に建てられたタンストールズ礼拝堂はより大きな礼拝堂で、17世紀に拡張されている。

ダラム城はスコットランドとの対立が激化するとイングランドの防衛拠点として活躍したが、1837年にダラム大学の敷地となり、現在は学生寮などとして使用されている。

■構成資産

○ダラム城と大聖堂

■顕著な普遍的価値

○登録基準(ii)=重要な文化交流の跡

ダラム大聖堂はイングランドにおけるノルマン様式の最大でもっとも完成度の高い建築である。また、11世紀に建てられたダラム城のノルマン礼拝堂はロマネスク彫刻の発展における転換点を示している。

○登録基準(iv)=人類史的に重要な建造物や景観

ダラム大聖堂は尖頭アーチ、交差リブ・ヴォールト、フライング・バットレス、束ね柱、スパイアといったゴシック的要素を大胆に取り込んだ先端的・実験的な建築であり、時代を先取りした建造物である。

○登録基準(vi)=価値ある出来事や伝統関連の遺産

ノルマン朝以前のノーサンブリア王国時代のカスバートやビードらの伝道活動と、ベネディクト会の初期の修道活動の拠点であり、キリスト教伝道の歴史を伝えている。

■完全性

城と大聖堂の大半は資産となっており、法的保護の下にあって中世の景観もよく維持されている。ただ、2008年に城と大聖堂の敷地を統一するために資産がわずかに拡大されたにもかかわらず、城や堤防の一部はいまだ資産外にあり、顕著な普遍的価値を伝えるすべての要素と機能が網羅されたとはいえない。資産の視覚的な完全性は蛇行するウェア川の直上にあるという立地と関係しており、中世ヨーロッパでもっともよく知られたこの市街風景を維持するために、城・大聖堂・町の景観と城・大聖堂・町からの景観を保護する必要がある。

■真正性

資産は現在、礼拝・学習・居住の場所として継続的に使用されている。ダラム大聖堂は現役の宗教施設で周辺のコミュニティと強いつながりを持ち、ダラム城はダラム大学の一部である。ダラム大聖堂における増築・再建・装飾・修復は11世紀のノルマン様式の基本的な構造を変更しておらず、特に修道院部分はほぼ手付かずといえる。大聖堂南の建造物群は19世紀に修復されているが、中世の建築様式が再現されている。ダラム城も時代時代の改修を受けているが、ノルマン様式のレイアウトは明確である。特にノルマン礼拝堂はノルマン建築のもっとも貴重な証拠のひとつである。東端のノルマン・ギャラリーは尖頭アーチと交差ヴォールトのノルマン装飾を維持している。

城と大聖堂は樹木が茂ったウェア渓谷の上に位置し、周囲の都市との関係で中世の景観が維持されている。

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