カンタベリー大聖堂、聖オーガスティン大修道院及び聖マーティン教会

Canterbury Cathedral, St Augustine's Abbey, and St Martin's Church

  • イギリス
  • 登録年:1988年
  • 登録基準:文化遺産(i)(ii)(vi)
  • 資産面積:18.17ha
世界遺産「カンタベリー大聖堂、聖オーガスティン大修道院及び聖マーティン教会」、カンタベリー大聖堂
世界遺産「カンタベリー大聖堂、聖オーガスティン大修道院及び聖マーティン教会」、カンタベリー大聖堂
世界遺産「カンタベリー大聖堂、聖オーガスティン大修道院及び聖マーティン教会」、カンタベリー大聖堂、クロイスター(回廊)の扇状ヴォールトと束ね柱
世界遺産「カンタベリー大聖堂、聖オーガスティン大修道院及び聖マーティン教会」、カンタベリー大聖堂、クロイスター(回廊)の扇状ヴォールトと束ね柱
世界遺産「カンタベリー大聖堂、聖オーガスティン大修道院及び聖マーティン教会」、聖オーガスティン大修道院
世界遺産「カンタベリー大聖堂、聖オーガスティン大修道院及び聖マーティン教会」、聖オーガスティン大修道院の大門
世界遺産「カンタベリー大聖堂、聖オーガスティン大修道院及び聖マーティン教会」、聖マーティン教会
世界遺産「カンタベリー大聖堂、聖オーガスティン大修道院及び聖マーティン教会」、聖マーティン教会 (C) Oosoom

■世界遺産概要

イングランド南東部ケント州の都市カンタベリーに位置する世界遺産で、イングランド国教会の総本山カンタベリー大聖堂、中世キリスト教の宣教基地・聖オーガスティン大修道院跡、イギリスの現存最古の教会・聖マーティン教会の3件を構成資産とし、イギリスのキリスト教史を体現している。

○資産の歴史と内容

グレートブリテン島への正式な宣教は教皇グレゴリウス1世がベネディクト会の修道院長であるカンタベリーの聖アウグスティヌスを派遣した597年にはじまる。同年、聖アウグスティヌスはアングロ・サクソン七王国のケント王国に大聖堂を建設して拠点とした。これがカンタベリー大聖堂だ。1077年にはノルマン朝の創始者である征服王ウィリアム1世の命でノルマン・ロマネスク様式で再建された。

1170年、国王ヘンリー2世は、国の関与を嫌って対立が続いていたカンタベリー大司教トマス・ベケットを暗殺。教皇庁によってベケットが聖人として列聖されると、大聖堂は人気の巡礼地となって多くの信者を集めた。べケットの遺体は大聖堂の三位一体礼拝堂に安置されている。

1174年に焼失し、フランス人建築家ギヨーム・ド・サンスの設計でイギリス初となる本格的なゴシック様式で再建された。平面160×47m・身廊の高さ54mという巨大な教会堂で、ゴシック様式といっても北フランスやドイツのような高く軽やかな意匠ではなく、厚い壁と太い柱を持つロマネスク建築のような重厚壮大さを持っている。ただ、大聖堂東部の一貫性と均質性、バランス・明るさ・力強さはフランス北部のゴシック様式を彷彿させる。また、内部は巨大なステンドグラスが立ち並ぶ非常に明るい空間で、薄暗いロマネスク様式とは明確に一線を画している。東側のローマ時代のクリプト(地下聖堂)やクワイヤ(内陣の一部で聖職者や聖歌隊のためのスペース)、東翼廊、未完成のアプス(後陣)は初期ゴシック様式のすばらしい装飾で覆われており、聖アンドリューと聖アンセルムに捧げられたロマネスク様式の礼拝堂、三位一体礼拝堂、円形のコロナ礼拝堂といった荘厳な礼拝堂が設けられた。

14世紀に地震の被害を受けると身廊部が垂直式のゴシック様式で改修され、15世紀には高さ72mを誇る中央塔ベル・ハリー・タワーが同様式で増築された。全体は「‡」形の総主教十字のような平面プランを持つが、ベル・ハリー・タワーは西側のトランセプト(ラテン十字形の短軸部分)のクロッシング塔(十字形の交差部に立つ塔)として建設された。垂直式はイギリス特有のゴシック様式で、高さよりもトゲトゲしい尖塔や縦に延びる装飾によって垂直性を際立たせている。また、イギリス・ゴシックの特徴である扇のように広がる扇状ヴォールト(ファン・ヴォールト)や、それを受ける細い柱が集まったような束ね柱、彫刻とレリーフで飾られたクワイヤ・スクリーン(内陣であるクワイヤと外陣である身廊を仕切る聖障。ルード・スクリーン/チャンセル・スクリーン)など、ゴシック様式らしい装飾が加えられた。

16世紀前半、国王ヘンリー8世は離婚問題を機に教皇庁と対立を深め、離婚を強行してカンタベリー大司教に認めさせた。これを受けて教皇クレメンス7世はヘンリー8世を破門。ヘンリー8世は1534年に国王至上法(首長法)を公布して国王がイギリスの教会の唯一の長であることを宣言し、ローマ・カトリックから離れてイングランド国教会の首長となった。国教会はふたつの管区を持ち、カンタベリー大主教とヨーク大主教が治めたが、事実上カンタベリー大主教が総大主教となり、カンタベリー大聖堂が国教会の総本山となった。

聖オーガスティン大修道院は聖アウグスティヌス(=オーガスティン)によって開かれたベネディクト会の修道院で、598年に創建された。イギリス全域の宣教に貢献し、代々カンタベリー大司教の棺を収める墓廟でもあった。1538年に教皇庁と袂を分かったヘンリー8世が修道院解散令を発したことで閉鎖され、まもなく解体された。その後、王家や貴族に使用されたりもしたが、やがて放棄された。現在残っているのは中世の大門や聖オーガスティン・カレッジ・チャペル、僧院の一部の壁や土台の遺構のみ。

聖マーティン教会は、もともと6~9世紀にイギリスに建国されたケント王国の女王ベルタの私設礼拝堂で、現存するイギリス最古の教会と考えられている。建物はそれ以前の時代のもので、5世紀はじめにローマ帝国がグレートブリテン島から撤退した後のものと考えられている。ローマ時代以降でかつノルマン様式・ロマネスク様式以前の建築を伝える貴重な史料となっている。

■構成資産

○カンタベリー大聖堂

○聖オーガスティン大修道院

○聖マーティン教会

■顕著な普遍的価値

○登録基準(i)=人類の創造的傑作

カンタベリー大聖堂、特に垂直式を際立たせている東部のデザインは非常に独創的。建物として美しいのみならず、特に初期のステンドグラスは際立っており、イギリス・ゴシックのもっとも美しい建築空間となっている。

○登録基準(ii)=重要な文化交流の跡

ベネディクト会修道院の活動はイギリスの中世を通して際立っており、修道活動や聖書写本の拠点としてケントやノーサンブリアの境界をはるかに超えて影響を与えた。

○登録基準(vi)=価値ある出来事や伝統関連の遺産

3件の構成資産はアングロ・サクソン諸王国へのキリスト教宣教の歴史を具体的かつ明確に表現している。

■完全性

3件の構成資産はバッファー・ゾーンによって接続されている。それぞれの主要な要素は資産に含まれているが、それらの視覚的・儀式的リンクはバッファー・ゾーン内にあり、資産の全体的な完全性はある程度バッファー・ゾーンに依拠している。したがってバッファー・ゾーンを通る交通量の多い道路の存在は3件の構成資産の関係に影響する。バッファー・ゾーンや隣接部分に開発圧力が存在し、継続的で注意深い管理が必要である。

資産内の個々の遺跡は天候と浸食に悩まされており、定期的な検査・保守・修復が必要である。大聖堂の構造は2006年に脅威にさらされているとされ、継続的なメンテナンスのための資金を調達するために大規模な募金キャンペーンを開始した。このキャンペーンは進行中で、南東の翼廊は大規模な修復を受けている。しかし、少修道院はまだ修復が必要であると見られる。

1988年の登録時点で3件の構成資産の保存条件は同水準にないことが指摘された。こうした不統一は異なる保護体制のため依然として確認できる。これを正常化するための作業が進行中で、大聖堂の保存計画が準備されている。世界遺産センターは登録時点で3件を同一の保護地域に含めることを推奨したが、これについては大部分が達成された。 

■真正性

聖マーティン教会は6世紀から礼拝の場として、また11世紀から現在の大聖堂として継続的に使用されている。カンタベリー大聖堂は聖トマス・ベケットの神殿の跡地を含めて巡礼と学習の場となっている。このように資産の大部分はその歴史的な使用と機能を維持している。

大聖堂はカンタベリー主教区の母教会であり、カンタベリー大主教の座として世界的に有名だ。また、10年ごとに開催されるランベス会議の場としても知られている。聖マーティン教会は6世紀、7世紀、14世紀に変更・拡張されたが、南側の壁にはローマ時代の外観が残っている。聖オーガスティン大修道院は宗教改革中に大部分が破壊され、一部は現在もそのままである。大聖堂とその境内は中世の建築物の多様かつ一貫した構造を有している。

広大な大聖堂、特にベル・ハリー・タワーは500年もの間、町の象徴としてそびえている。塔は市内でもっとも高い建物で、谷に位置するため周囲の高地から望むことができる。大聖堂からの、あるいは大聖堂を含む景観は維持される必要がある。大聖堂の内部には中世の建築・ステンドグラス・調度品が見事にディスプレイされている。クワイヤ、東翼廊、未完成の東塔、ロマネスク様式の礼拝堂の一貫性と均質性は明確で、これらは世界遺産登録の時点で初期ゴシック様式のもっとも美しい建築空間のひとつとされた。

聖オーガスティン大修道院の遺跡はその価値が控え目に伝えられており、大聖堂と聖マーティンの教会とのつながりを強化し、顕著な普遍的価値にどのように貢献しているのか積極的に示す必要がある。

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