エディンバラの旧市街と新市街

Old and New Towns of Edinburgh

  • イギリス
  • 登録年:1995年
  • 登録基準:文化遺産(ii)(iv)
世界遺産「エディンバラの旧市街と新市街」、左は哲学者ダグラス・スチュアートに捧げられたダグラス・スチュアート・モニュメント、中央奥はエディンバラ城、右の時計塔のさらに右がスコット・モニュメント
世界遺産「エディンバラの旧市街と新市街」、左は哲学者ダグラス・スチュアートに捧げられたダグラス・スチュアート・モニュメント、中央奥はエディンバラ城、右の時計塔のさらに右がスコット・モニュメント
世界遺産「エディンバラの旧市街と新市街」、エディンバラ城
世界遺産「エディンバラの旧市街と新市街」、エディンバラ城。周囲の地形から80m立ち上がるキャッスル・ヒルの断崖を利用して、中世からエディンバラの要衝としてありつづけた
世界遺産「エディンバラの旧市街と新市街」、セント・ジャイルズ大聖堂の西ファサード、彫像はバクルー公ウォルター・モンタギュー・ダグラス・スコット
世界遺産「エディンバラの旧市街と新市街」、セント・ジャイルズ大聖堂の西ファサード、彫像はバクルー公ウォルター・モンタギュー・ダグラス・スコット
世界遺産「エディンバラの旧市街と新市街」、ロイヤル・マイル、ザ・ハブ
世界遺産「エディンバラの旧市街と新市街」、ロイヤル・マイル。中央奥のスパイア(ゴシック様式の尖塔)はヴィクトリア朝ゴシックの傑作として知られるザ・ハブ
世界遺産「エディンバラの旧市街と新市街」、スコットランド国王の居城、ホリールード宮殿の西ファサード
世界遺産「エディンバラの旧市街と新市街」、スコットランド国王の居城、ホリールード宮殿の西ファサード
世界遺産「エディンバラの旧市街と新市街」、新市街の整然とした街並み
世界遺産「エディンバラの旧市街と新市街」、新市街のグレート・キング・ストリートの整然とした街並み (C) Kim Traynor

■世界遺産概要

スコットランド南東部の都市エディンバラは14~15世紀以来、スコットランド王国の首都が置かれた古都。旧市街(オールド・タウン)は首都を守るエディンバラ城、王宮ホリールード宮殿、スコットランド国教会の母教会セント・ジャイルズ大聖堂を有するスコットランドの中心で、一方の新市街(ニュー・タウン)は18世紀以降に開発された計画都市でジョージアン様式の建造物群が整然と連なる近代都市空間が広がっている。

○資産の歴史

エディンバラは三方をカールトン・ヒル、アーサーズ・シート、キャッスル・ロックという3つの岩山に囲まれ、北に北海のフォース湾を望む風光明媚な都市。これらは3億年以上前の火山活動によって誕生した岩山で、200万年ほど前の氷河時代に氷河に削られて断崖が形成された。

古代から歴史を持つ古都で、9世紀にスコットランドが建国されてから主要都市として発展した。伝説によると1120年代のある日、国王デイヴィッド1世は狩猟中にウマから投げ出され、あるいはシカに襲われて、突然現れた光り輝く十字架(ルード)に命を救われた。これに感謝してホリールード修道院を創設し、一帯を王室の都市として整備したという。デイヴィッド1世はまた1kmほど西にそびえるキャッスル・ロックに砦とともに亡き母に捧げる王室用の私設礼拝堂を建設した。これがエディンバラ最古の建物として知られるセント・マーガレット教会だ。15世紀にはホリールード修道院に隣接してホリールード宮殿が建設され、一方キャッスル・ロックでは13~14世紀に戦われるスコットランド独立戦争の拠点としてデイヴィッド塔を中心にエディンバラ城が整備された。

14世紀あるいは15世紀にエディンバラがスコットランドの首都になると、15~16世紀にかけて王都にふさわしいものにするためホリールード宮殿とエディンバラ城を結ぶ「ロイヤル・マイル」を中心に大々的に都市開発が進められた。一例がスコットランド国教会の母教会であるセント・ジャイルズ大聖堂で、創建は12世紀と伝えられるが、14世紀に焼失したこともあってゴシック様式で再建された。

1603年にイングランド女王エリザベス1世が亡くなると、子供がいなかったことから後継者選びに難航し、最終的にスコットランド王ジェームズ6世がイングランド王ジェームズ1世として即位した。これにより両国は同じ国王を掲げる同君連合となり、王はロンドンに居住した。

1640~60年にピューリタン革命(清教徒革命)が起こると、クロムウェルは国王チャールズ1世を処刑して王政を終わらせ、イギリス史上唯一の共和政(君主を置かない政体)を成立させた。クロムウェルはイングランドに敵対的なアイルランドとスコットランドを征服したが、この時エディンバラも侵略を受けて多くの建物が破壊された。一例がホリールード宮殿で、戦後ウィリアム・ブルースの設計で現在見られるバロック様式の宮殿が再建されている。

1707年にスコットランドとイングランドはグレートブリテン王国として合併し、スコットランドの国王や議会は廃止され、首都はロンドンに遷された。これをもって旧市街の統一的な発展は終了した。ただ、この後もルネサンス様式の旧国会議事堂や司法裁判所、ヴィクトリア朝ゴシック様式(1837~1901年のヴィクトリア朝時代のゴシック・リバイバル様式)のスコット・モニュメント、モダニズム建築の国会議事堂等々、公共施設を中心にすぐれた建物が建てられている。

旧市街の繁栄と入れ替わるように新市街の開発がはじまった。18世紀後半、旧市街はすでに飽和状態で、またクロムウェルの侵攻やイングランドとの合併で上流階級が流出しつつあった。こうした問題を解決するために旧市街の北の土地の開発が進められた。1766年に都市デザインのコンペが開催され、弱冠26歳のジェームズ・クレイグが幾何学的に区画したデザインで優勝した。そしてクイーン・ストリート、ジョージ・ストリート、プリンセス・ストリートの一帯が開発され、高さをそろえたジョージアン様式(ジョージ1~4世の治世にあたる1714~1830年のジョージアン時代の建築様式。古代・中世の様式を復興した新古典主義様式や歴史主義様式を特徴とする)の建物が整然と並ぶニュー・タウンが完成し、旧市街とノース・ブリッジで接続された。

この後もウィリアム・ヘンリー・プレイフェアやロバート・アダムといった名建築家によって第7ニュー・タウンまで建設が進められた。個々の建築についてもロバート・アダム設計の首相官邸ビュート・ハウスやウィリアム・チェンバーズによるネオ・パッラーディオ様式のダンダス・ハウスなど数多くの名建築が誕生した。

○資産の内容

世界遺産の資産は旧市街保存地域の全域、新市街保存地域の多く、ディーン・ヴィレッジ保存地域、コルトブリッジ・アンド・ウェスター・コーツ保存地域、ウェスト・エンド保存地域、マーチモント・アンド・メドーズ保存地域、サウス・サイド保存地域の一部となっている。

旧市街の中心はホリールード宮殿からセント・ジャイルズ大聖堂を経てエディンバラ城に至る1マイル(1.6km)のいわゆるロイヤル・マイルで、東から西にアビー・ストランド、キャノンゲート、ハイ・ストリート、ローンマーケット、キャッスルヒルという通りで構成されている。

ホリールード宮殿はもともと1128年にデイヴィッド1世が築いたホリールード修道院だった場所で、修道院教会では国王の戴冠式や王室の結婚式が行われていた。15世紀に敷地内に宮殿が建設され、17世紀に焼失するが、建築家ウィリアム・ブルースの設計でバロック様式で再建された。一方、修道院は17世紀後半の名誉革命やローマ・カトリックの排斥運動の中で破壊され、18世紀に暴風で被害を受けて廃墟となった。現在、宮殿の北に情緒ある廃墟がたたずんでいる。1603年に同君連合となってから国王はロンドンに居住したため重要性は減ったが、現在もなお王宮であり、現女王エリザベス2世のスコットランドにおける公的な在所となっている。宮殿は70mの四方のコートハウス(中庭を持つ建物)で、屋根裏付きの3階建てながら西ファサード(正面)のみ2階建てで、西ファサードの南北に塔が設置されている。スコットランド代々の君主110人の肖像画が並ぶグレート・ギャラリーや、北西の塔内にあるメアリー1世の寝室など数々の名所がある。

ホリールード宮殿前には1999年に復活したスコットランド議会が入っているスコットランド議事堂がたたずんでいる。2004年に竣工したポスト・モダニズムの近未来的な建物で、この周囲にはこうしたモダニズムやポスト・モダニズムの建物が少なくない。

セント・ジャイルズ大聖堂はデイヴィッド1世が1124年に創設したと伝わる教会堂で、当時はロマネスク様式の建物だった。焼失した後、14世紀にゴシック様式で再建され、15世紀にギリシアの聖人アエギディウス(イギリスでは聖ジャイルズ)の遺骨が持ち込まれたことからこの名が付いた。この頃、ゴシック様式のクロッシング塔(十字形の交差部に立つ塔)が増築されている。宗教改革に際してホリールード修道院はローマ・カトリック、セント・ジャイルズ大聖堂はプロテスタントの拠点となり、前者は破壊され、後者は「スコットランド国教会の母なる教会堂」と称されて主要教会堂となった。ステンドグラスは19世紀後半からの改築で備えられたものだ。教会堂は十字形ながら非常にいびつな形で、東西南北のクロスはそれぞれ長さが異なっている。また、教会堂に隣接して礼拝堂が拡張されているため、十字形もわかりにくくなっている。ローマ・カトリックのゴシック教会堂にも似ており、他に例のないユニークな造形となっている。

エディンバラ城は標高130mのキャッスル・ロックに立つ城塞で、記録にない時代から城郭都市エディンバラの防衛拠点となっていた。現存最古の建物として12世紀前半にデイヴィッド1世がノルマン様式で建設したセント・マーガレット教会が残っているが、ほとんどの施設は16世紀以降に建設されたものだ。エスプラネードと呼ばれる前庭を経て門塔であるゲートハウス(守衛詰所)が立っており、エントランスとなっている。その背後のアーガイル・タワーには落とし格子が設置されており、城を封鎖することができた。城内の大きな施設の多くは軍事・行政・居住施設で、政治家が集うガバナーズ・ハウスや600人の兵士を収容する新兵舎、各種砲台や病院・軍事刑務所などが連なっており、一部は国立戦争博物館やロイヤル・スコッツ博物館に改装されている。フーグの門から先の上部はアッパー・ウォードと呼ばれる心臓部で、セント・マーガレット教会やそのテラスに設置された6tの大砲モンス・メグ、ハーフ・ムーン砲台などがあり、最上部のクラウン・スクエアに続いている。クラウン・スクエアは15世紀に整備された宮殿地区で、王宮を筆頭に、議会場だったグレート・ホール、アン女王が築いたアン女王ビル、兵器庫を改造した国立戦争記念館などが立っている。王家の守護石であり、代々のスコットランド国王がその上で戴冠を行ったという「スクーンの石」は1296年にイングランド王エドワード1世によって戦利品として持ち去られ、ロンドンのウェストミンスター寺院(世界遺産)に収蔵された。しかし1996年に返還され、現在は王宮のクラウン・ルームに収められている。クラウン・ルームには他に、王冠 "Crown"、王笏 "Sceptre"、国剣 "Sword of State" の三種の神器「オナーズ・オブ・スコットランド」や、銀杖 "Wand" などが収められている。

カールトン・ヒルは新旧市街の東に位置する丘で、両市街を一望することができる。ギリシアの世界遺産「アテネのアクロポリス」のパルテノン神殿を模したナショナル・モニュメントや、フランスを破ったトラファルガー海戦での勝利を記念したネルソン・モニュメント、哲学者ダグラス・スチュアートに捧げられたダグラス・スチュアート・モニュメント、私立天文台などがある。

プリンシーズ・ストリート・ガーデンズは旧市街と新市街の間に位置する庭園群で、高さ61.11mを誇るヴィクトリア朝ゴシックのスコット・モニュメントや世界最古とされる花時計、19世紀に建設されたロスの噴水などがある。また、国立スコットランド美術館やエディンバラ・ウェイバリー駅、バルモラル・ホテルなどが隣接している。

エディンバラ新市街は旧市街の北に広がる街区で、ジョージアン様式のテラスハウス(境界壁を共有する長屋のような連続住宅)やタウンハウス(2~3階建ての集合住宅)が連なる住宅街となっている。そんな中で個性的な建物も散在しており、代表的な建物が1793~1805年に建設されたロバート・アダム設計の首相官邸ビュート・ハウスだ。ルネサンスやバロックを彷彿させる4階建ての建物で、特に内装はロバート・アダム、ジェームス兄弟による「アダム様式(アダム兄弟様式/アダムスク)」の傑作として知られる。アダム様式では古代や中世の重厚な装飾をより洗練された華麗なデザインに仕上げており、総合芸術を謳って天井や壁面から調度品に至るまでデザインを行った。ウィリアム・チェンバーズによる設計で1771~74年に建設されたダンダス・ハウスはローマ風あるいはルネサンス風のオーダー(基壇や柱・梁の構成様式)とドームを持つネオ・パッラーディオ様式のデザインを特徴としている。1766~84年に建設されたセント・アンドリュース・アンド・セント・ジョージス・ウェスト教会はアンドリュー・フレイザーの設計で、オーダーとドームを持つネオ・パッラーディオ様式をベースとしながら高さ51mの尖塔を持つきわめてユニークな作品となっている。

■構成資産

○エディンバラの旧市街と新市街

■顕著な普遍的価値

○登録基準(ii)=重要な文化交流の跡

新市街の一連の都市設計や建築の質の高さは以降の時代の規範となり、スコットランドのみならず18~19世紀のヨーロッパの都市計画の発展に多大な影響を与えた。

○登録基準(iv)=人類史的に重要な建造物や景観

旧市街の王宮や修道院といった中世城郭都市の発展から18~19世紀の新市街における啓蒙期の都市設計、19世紀の再発見とバロニアル様式の適用による旧市街の再生まで、旧市街と新市街は共にヨーロッパの都市計画における劇的で重要な発展を反映している。

■完全性

資産には都市レイアウト・建築・オープンスペース・景観といった重要な都市コンポーネントが含まれており、旧市街の有機的な成長と、広い谷間が広がる新市街のテラスやスクエアといった計画的な区画の違いが現れている。全体として資産には整然とした一貫性があり、時間の経過とともに発展・適応してきた。資産内外のスカイライン(山々や木々などの自然や建造物が空に描く輪郭線)と広い展望は時代に応じて変化・発展したが、資産の顕著な普遍的価値の鍵となる特性は維持している。スカイラインと資産内外の景観の脆弱性はスカイライン・ポリシーを導入することで対処している。

■真正性

エディンバラの真正性は高いレベルで維持されている。いずれの時代の建築も個々の重要な建物の状態は高い水準に保たれており、通りや広場のレイアウトは変わっていない。資産はまた活気ある経済の最前線でありながら、スコットランドの行政および文化の中心地としての歴史的役割を維持している。

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